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【話の肖像画】国連軍縮担当上級代表(事務次長)・中満泉(56)(9)紛争地の「名もなき勇者」

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1994年、ボスニア・ヘルツェゴビナのマグライにて、イギリス部隊と(右から3人目)
1994年、ボスニア・ヘルツェゴビナのマグライにて、イギリス部隊と(右から3人目)

 〈1993年初頭、紛争が続く旧ユーゴスラビアに舞い戻り、同年5月にはボスニア・ヘルツェゴビナ南西部の町モスタルに国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の現地事務所代表として派遣されることになった。当時、クロアチア系勢力と、イスラム系の間で激しい戦闘となり、クロアチア系勢力による「民族浄化」活動が行われていた〉

 戦火で非常に困難な状況でしたが、私が心を打たれたのは一般の人たちの勇気や良心です。普通の人たちの力は小さいかもしれないですが、ものすごく大きな勇気を持つ人がいる。

 当時、クロアチア系の市民で「昨日はどこの地域で何人が連れて行かれた」などと詳細に情報を提供してくれる人がたくさんいました。(第二次大戦中に「命のビザ」を発給し、ナチス・ドイツの迫害からユダヤ人を救った)杉原千畝さんのような方ですね。そういう方に出会うのはこの仕事の醍醐味(だいごみ)です。中には、自らも危険を冒しながらもイスラム系の友人をかくまっていた人もいました。

 〈あるとき、クロアチア系の初老の男性が、女性2人を連れてUNHCRの事務所を訪れた。初老の男性にはイスラム系の友人がいたが、友人は殺害され、2人はその友人の妻と娘という〉

 男性は奥さんと娘さんを自分の家にかくまっていたんですが、夜な夜なクロアチア系の民兵が見回りに来てイスラム系市民がいないか家捜ししているので「これ以上かくまえない」と事務所に連れてきたのです。

 〈UNHCRには女性たちをかくまう施設はなく、個人レベルの避難援助はレイプの被害者など特定のケース以外は不可能だった〉

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