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【朝晴れエッセー】8月月間賞は茨城・高野さんの「僕の『日本の一番長い日』」

僕の「日本の一番長い日」
僕の「日本の一番長い日」
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 朝晴れエッセーの8月月間賞に、高野勇さん(81)=茨城県取手市=の「僕の『日本の一番長い日』」が選ばれた。幼い子供にとっての終戦の日の情景を巧みな表現で描き、高く評価された。選考委員は作家の眉村卓さん、玉岡かおるさん、丸橋茂幸・産経新聞大阪文化部長。

≪受賞作≫

■高野勇さん 僕の「日本の一番長い日」 【21日掲載】

 私は昭和13年生まれで、8月15日までは当時の国民学校生だったわけです。子供の遊びは戦争ごっこ。胸に大将の階級章をつけ、部下の兵隊たちを指揮するガキ大将でした。神社の境内が戦場でした。

 その日は正午を過ぎたころでした。突然、校庭に全校生が整列させられました。校長先生のお話がありましたが、さっぱり意味が分かりません。「戦争は負けた!」のあと、先生と上級生の号泣が響き渡りました。すぐ下校するようにと言われ帰宅したら、あちこちに大人たちが集まって、不安げに話し合っていました。「兵隊さんは米軍に殺される」と耳にしたとき、大変なことになったと思いました。

 神社では兵隊たちがいつものように集まっていました。「早く、兵隊ごっこやっぺよ!」「今日はやんめ、おれが大将であったこと、しゃべちゃだめだっぺ!」。胸の大将章を外し、竹の軍刀も壊しました。リヤカーで作った戦車の砲身も外してすべての戦後処理は終わりました。泥だらけの顔にシャクリがこみ上げ涙があふれました。

 そして身を隠すため家の押し入れのふとんの中にもぐり込みました。そのまま眠ってしまい、母が僕を見つけたときは、日はとっぷりと暮れていました。こうして僕の「日本の一番長い日」は終わりました。

 あれから74年、小さな村の竹馬の友は戦後の混乱の時代をたくましく乗り越え、今では毎年同窓会を故郷で開き強い絆で結ばれております。終戦の日がくると「僕の日本の一番長い日」がよみがえってくるのです。

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