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【主張】パラ大会1年 満員のスタンドが見たい 真のスポーツとして楽しもう

 パラリンピック東京大会は来年の8月25日、新国立競技場で開幕する。世界の障害者アスリートが集う、競技スポーツの祭典だ。大会の成否を分けるのは観客の数と熱量である。スタンドを埋める大観衆の声援で大会を支えたい。

 大会組織委員会も「フルスタジアム(満席)」を目指して22日から観戦チケットの購入申し込みを公式サイトで開始した。申し込みの期限は9月9日まで。競技によって一般では900円から、子供やシニア連れなどのグループ向けでは1人当たり500円からとお手頃な価格となっている。

 ≪ロンドンの興奮を再び≫

 目標とするのは「最も成功したパラリンピック」といわれる2012年のロンドン大会だ。五輪の閉会時には「サンクス・フォー・ザ・ウオームアップ(前座をありがとう)」のCMを流し、開幕前にチケットを完売した。会場はどこも、満員の観衆で沸いた。

 同大会の走り幅跳びに出場した谷(旧姓・佐藤)真海は「満員の観客は障害者を見に来るのではなく、スポーツを楽しんでくれた」と感動し、東京大会でもトライアスロンでの出場を目指す。

 ロンドン在住で、東京五輪招致のプレゼンテーションで指導役を務めたマーティン・ニューマン氏は「私たちが出会ったのはかわいそうな人ではなく、エキサイティングで偉大な人々でした。ロンドンが大会を成功させたのではなく、パラリンピックがロンドンを変えたのです」と話した。パラリンピックは、それほどに都市や人々に影響力を持つ大会である。

 パラリンピックの名称が最初に用いられたのは、1964年の東京大会だった。五輪閉幕の余韻の中で開幕した大会の名誉総裁は当時の皇太子殿下が務められた。現在の上皇陛下である。

 大会報告書によれば、皇太子ご夫妻は7日間の期間中、5日間にわたって織田フィールドなどの会場に足を運ばれた。閉会後は大会役員を東宮御所に招いて慰労し、殿下がお言葉をかけられた。

 美智子さまによれば「リハビリテーションとしてのスポーツの重要性は勿論(もちろん)のことながら、パラリンピックがより深く社会との接点を持つためには、障害者スポーツが、健常者のスポーツと同様、真にスポーツとして、する人と共に観(み)る人をも引きつけるものとして育ってほしい」という内容だったという。この「お言葉」は、驚くほど先進的なものである。

 3年前のリオデジャネイロ大会では、ボッチャで会心の一撃を投じた広瀬隆喜の渾身の叫びや、競泳で金メダルに手が届かなかった全盲の木村敬一が流した涙が強く印象に残る。勝利を渇望した競技スポーツゆえの感動である。

 同年の誕生日にあたり、美智子さまは文書回答に「健常者、障害者を問わず、優れた運動選手が会心の瞬間に見せる姿の美しさには胸を打つものがあり、そうした写真の幾つもを切り抜いて持っています」とつづられ、55年前の「お言葉」を引いて、リオ大会を「夢の実現」と表現された。

 ≪2度目の開催国として≫

 日本におけるパラスポーツを取り巻く環境はハード、ソフト面とも先進的とは言い難かった。

 錦織圭が台頭する前の2007年、テニスの世界ランク1位、ロジャー・フェデラーに日本人記者が「なぜ日本のテニス界には世界的な選手が出てこないのか」と質問した。フェデラーは「クニエダがいるじゃないか」と答えたのだという。国枝慎吾は車いすテニスの第一人者で、北京、ロンドンのパラリンピックでも金メダルを獲得した。東京大会でも優勝を目指す。それほどの存在を、フェデラーに教示されなくてはならなかった。わずか12年前の話である。

 ロンドン、リオの興奮や東京五輪・パラリンピックの招致を経て、人々の意識は変わりつつある。だが、まだまだ足りない。

 前回の東京大会で当時の皇太子殿下は、パラリンピックが五輪と同様に、真のスポーツとして観客を引きつけることを理想、夢として語られた。

 夏季で初めて2度目のパラリンピックを開催する東京大会が目指すべきは、この理想を現実のものとして定着させることにある。

 組織委員会や選手らにとどまらず、ボランティアや観客の一人一人が、この理想に向けて邁進することこそ望ましい。まず、参加することである。

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