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【一筆多論】台湾人元日本兵への補償 河崎真澄

 大東亜戦争で当時、日本の統治下にあった台湾からも「日本兵」として20万人以上が軍人や軍属として出征し、このうち3万人以上が亡くなった。だが、台湾出身者は戦後、日本国籍を喪失したため政府補償を受ける資格を失っていた。

 他方、捕虜監視などで罪に問われた台湾人元日本兵約200人もBC級戦犯で有罪判決を受けている。

 公平性を著しく欠くとして昭和52年から、台湾人元日本兵が日本政府を相手取り、平等な補償を求めて起こした訴訟は最高裁まで争われたものの、国籍が壁となり訴えは退けられた。

 それでも同じ日本軍の一員として戦場に向かった台湾人に、可能な限り報いたいと考えた人々がいた。62年9月、議員立法で「弔慰金」制度が作られ、平成4年まで総額約563億円が支給された事実がある。

 日本でも台湾でも忘れ去られつつあるが、「戦後補償で成功した希有(けう)な例ではないか」と、台湾独立建国連盟の日本本部委員長を務める王明理さんは話す。

 きっかけは、終戦を知らぬままインドネシアのモロタイ島に潜伏していたところを、49年12月に発見された台湾先住民出身で元日本兵のスニヨンさん(日本名・中村輝夫)の生還だ。

 このとき未払い給与などの名目で日本政府から支払われたのは、わずか6万円ほど。義援金は集まったものの、この元日本兵より前に生還した横井庄一さんや小野田寛郎さんへの補償との落差や冷淡な対応に、義憤を感じた人物がいた。

 台湾南部で生まれ、戦後の国民党政権による弾圧から逃れて日本に政治亡命していた明治大教授の王育徳氏だった。王明理さんの父だ。王氏は50年2月、「台湾人元日本兵士の補償問題を考える会」を結成し、事務局長として、署名集めや政府、議員らへの陳情、訴訟の支援に走り回った。

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