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【一服どうぞ】心を無にする一時 裏千家前家元・千玄室

 それからは米つきに精を出した。禅師が見に行くと、せっせと米をついている。「どうだ」と声をかけたところ「米は既につき終え、後は篩(ふる)うのみ」と。これにも禅師は驚いた。何も教示していないのにこれほどのことを解しているとは。そこで修業を許した。慧能が示した「菩提本無樹(ぼだいもとよりじゅなく) 明鏡亦非台(めいきょうまただいにあらず) 本来無一物(ほんらいむいちもつ) 何処惹塵埃(いずれのところにかじんあいをひかん)」と言う偈(げ)により、五祖弘忍(ぐにん)禅師の後を継いだのである。

 禅宗では言葉で何も教えてはくれぬ。師より「公案」を口頭で言われるだけ。せめて文字で示されれば、その意味に近づくことができようが、まずは当てはまる字から考え始めなければならないのであるから本当に難儀した。人間とはとかく欲の深いものである。他人に対しても見えを張り、良いところを見せたがる。「口耳四寸学」。一寸(ちょっと)聞きの又聞きをさも分かったように人に吹聴する。今の世の在り方をみているとなんとこれが多いことか。誰もが心を無にする一時を日常に持ってほしいものである。 (せん げんしつ)

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