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【常磐路ノート】28年ぶりに第二の故郷へ

 28年ぶりの茨城勤務となる。記者生活のスタートは県南の土浦市に本社のあった地方紙(現在は休刊)。ここで4年間仕事を学んだ後、産経新聞へ中途入社し、さらに土浦、水戸で3年働いてから東京本社へ異動となった。

 高校まで千葉で育ったが20代の大半、延べ7年を過ごした茨城は「もはや第二の故郷」と自負していた。30代は主に社会部、40~50代は運動部で過ごし、今回まさか水戸支局長になるとは…。不思議な縁にわれながら驚いている。

 この間、県内も大きく様変わりした。かつて92を数えた市町村は、昭和の終わりのつくば市合併(旧茎崎町を除く)でまず88となり、さらに平成の大合併などによって半数の44に集約された。新しい市町村名や行政区域をまだ覚えきらず、とまどうばかりだ。

 水戸市三の丸にあった県庁や県警本部は駅南へ移転。江戸から続いた老舗百貨店も閉店し、街の様子も変貌した。一方でなじみのある豆菓子店やつくだ煮屋、そば屋などが水戸や土浦で今も元気に営業を続けているのはうれしい。何より、久しぶりに聞こえてくる茨城弁の独特なイントネーションは耳に心地よく、懐かしい。

 わが支局記者の陣容は、以前と比べれば市町村以上の減り幅だ。自分も肩書こそ変わったが、時間の許す限り県内各地へ飛び出し、取材に汗をかくつもりでいる。プレーイングマネジャーを目指したい、といったら格好付けすぎだろうか。(三浦馨)

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