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【野口健の直球&曲球】15歳の娘、キリマンジャロから新たな挑戦

アルピニストの野口健さん=大阪市中央区(彦野公太朗撮影)
アルピニストの野口健さん=大阪市中央区(彦野公太朗撮影)

 7月30日早朝(現地時間)、キリマンジャロのウフルピーク(5895メートル)に登頂! 僕自身3度目の登頂となったが、今回が最も厳しく、生涯忘れることができない体験となったのは、15歳の娘と一緒だったからだ。

 当時小学生だった娘の「キリマンジャロに登りたい」の一言から始まった挑戦。「本気で登りたいんだね」と聞くと「うん」とうなずく。以来、学校の長期休みはまるで山岳部の山合宿状態に。まずは八ケ岳での縦走から。16時間ぐらいをほぼ休まないで歩き続ける。

 悪天候の日をあえて選んでの縦走も。好天の日ばかりでは、本番で悪天候になったときに使い物にならないし、登山で最も大切な「していい無理」と「してはいけない無理」の判断能力が養われない。

 小学生だった娘は当初、寒くては泣き、バテたら泣いていた。そんな娘に、「生きたいのならば、ちゃんと岩をつかむことだ。泣いてごまかせるのは男だけ」と言ったら、分かったような分からないような表情を見せながらも必死に岩をつかんだ。

 約5年間、そのようなトレーニングを積み重ねた上で挑んだキリマンジャロ。最終キャンプまでは天候に恵まれ、快適な登山が5日間。そして最後の山頂アタックが始まる。午前零時にアタック開始。満天の星。しかし午前3時くらいから、ガスが出て、山頂方面からゴォーと不気味な音が。そして、山頂につながる尾根の手前から歩行困難な強風。まるでブリザードだ。全身がいてつく寒さ。

 あまりの寒さのなか、睡魔に襲われ、反応が鈍くなる娘の体をたたいて刺激を与え続けた。暗闇の中、体が吹き飛ばされないよう互いの体をつかみながら一歩一歩。そして午前6時ごろ、目の前に山頂のポールが現れた。その瞬間、気がついたら2人で抱き合い、涙を流していた。この状況でよくやった!

 最終キャンプに戻った娘は開口一番、「苦しかったけれど楽しんでいる自分もいた。また登りたい」。

 娘15歳、キリマンジャロ登山から新たな挑戦が始まろうとしている。

                   ◇

【プロフィル】野口健

 のぐち・けん アルピニスト。1973年、米ボストン生まれ。亜細亜大卒。25歳で7大陸最高峰最年少登頂の世界記録を達成(当時)。エベレスト・富士山の清掃登山、地球温暖化問題、戦没者遺骨収集など、幅広いジャンルで活躍。著書に『震災が起きた後で死なないために』(PHP新書)。

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