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【一筆多論】激戦地で聴いた「日の丸の旗」 岡部伸

 ♪白地に赤く 日の丸染めて、ああうつくしや、日本の旗(はた)は…。

 75年前、インパール作戦で旧日本軍が英軍を相手に壮絶な戦闘を繰り広げたインド北東部ナガランド州コヒマ近郊の激戦地で、93歳の老人から、日本語で唱歌「日の丸の旗」を聴いた。

 日本人そっくりの顔立ちの老人は3000メートル級の山間部の村落に住む少数民族ナガ族だ。16歳だった1944年4月、佐藤幸徳中将率いる第31師団が進行、地元教会に設立した「日本教育センター」で毎日、「シロキ」兵士から日本語を習い、唱歌も教わった。

 現地では、戦いの歴史を後世に伝える動きが広がり、日本財団の支援で今年6月、同マニプール州の州都インパールに「平和資料館」が開所したのを機に、インパールとコヒマを訪ねた。

 ミャンマーやバングラデシュ、中国と国境を接するインド北東部の住民は、肌黒いアーリア系と異なり、アジア系のモンゴロイド人で日本人に親近感を持つ。

 「日本人はナガ族と兄弟だ」。老人は、日本軍が撤収した44年6月までの2カ月間、毎日「シロキ」兵士から、「あいうえお」を手始めに日本語と日本文化を教わった。今でも忘れぬ唱歌を歌いあげ、何とも嬉(うれ)しくありがたい思いになった。

 老人は、年長者に従い、自分を律して誠実に生きる日本精神も学んだ。これが戦後、地元高校で技術教師として教壇に立ち続けた際に大きく役立ったという。

 「『シロキ』さんから学んだことが人生の精神的支柱になった。お礼をいいたい」と目を輝かせた。『特務機関の謀略-諜報とインパール作戦』(山本武利)によると、コヒマで英軍が押収した光機関将校日記に、「4月10日、白木班長に中国語で放送するように指示」との記述がある。『シロキ』とは光機関で宣伝、宣撫(せんぶ)工作を担当していた白木班長とみられる。

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