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ニュース コラム

【主張】被害者の実名 「真実」の追究に不可欠だ

 京都アニメーションの放火殺人事件で、京都府警が2日、亡くなった35人のうち、遺族側の了解が得られたとして、10人の身元を公表した。

 テレビアニメ「らき☆すた」の監督を務めた武本康弘さんをはじめ、いずれもかけがえのない命を絶たれた人々である。改めて冥福を祈るとともに事件の理不尽さを思い知る。

 事件から16日目の公表となったことについて、府警は「遺族と会社の意向を聞きながら慎重に進めてきた」と説明した。残る25人についても今後、遺族らに理解を求めた上で公表する方針という。

 突然の凄惨(せいさん)な事件である。遺族や関係者に実名の公表を躊躇(ちゅうちょ)する思いがあることは十分に理解できる。それでも、実名の公表、報道は必要であると考える。

 過去の事件、事故でも、産経新聞をはじめとする報道機関は、警察や自治体に被害者、被災者らの実名の公表を求めてきた。実名は真実を追究する取材の出発点であり、原点であるからだ。

 加えて可能な限り、実名による報道を心がけてきた。実名は記号や数字ではなく、一人一人の人間が生きてきた証しとしての重みを持つ。事件、事故の実相を伝えるために、実名による報道は不可欠である。匿名報道による感情の希薄化を恐れる意味もある。

 飲酒運転の厳罰化などを促したのは、悲惨な事故の遺族や関係者の激しい怒りや悲しみと、これに共感した国民感情である。感情を揺さぶったのは、実名に代表される被害者の人生である。

 実名の公表、報道には多くの批判がある。これらには真摯(しんし)に耳を傾けなくてはならない。それでも実名の公表を求め続け、報道を心がけることに変わりはない。

 実名報道を考えるとき、必ず思いだす一通の手紙がある。平成16年10月、堺市で7歳の男児がトラックにはねられて死亡した。翌日の紙面に事故を実名で伝える18行の記事を掲載した。

 母親から届いた手紙は便箋6枚に及び、難しい名前にルビがふられていたことへの謝意に続き、息子との7年間がつづられていた。手紙の最後には「息子の事故の記事はわずか18行でしたが、その短い記事の後ろにある被害者の、家族の思いをお心に留められて良い記事をお書きいただきたい」とあった。この思いに応えることが、新聞の使命なのではないか。

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