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【石平のChina Watch】訃告に込めた「鎮圧宣言」

 訃告でもう一つ、注目すべき点は、1989年の天安門事件における李鵬氏の役割をことさらに取り上げて高く評価したことだ。このくだりの原文(邦訳)はこうである。

 「1989年春から初夏までの政治風波(騒動)に当たり、李鵬同志は旗幟(きし)鮮明にして、政治局大多数のメンバーとともに果敢なる措置を講じて動乱を制止し反革命暴動を鎮め、国内情勢を安定化させた」

 この文言を読んだとき、私はさすがに驚いた。30年前の天安門事件当時とその直後、共産党政権は確かに「動乱」と「反革命暴動」といった表現を使って民主化運動を厳しく非難し、当局の血の鎮圧を正当化していたが、時がたつにつれ、天安門事件のことを人々の記憶から遠ざけようとする思惑から、政権側は事件のことにあまり触れなくなって、「動乱」とか「暴動」とかの際どい表現をできるだけ避けるようになった。

 例えば1997年2月のトウ小平氏死去の際、彼こそは天安門の鎮圧を主導した最高責任者であったにもかかわらず、党中央が発表したトウ氏死去の訃告に「動乱」や「反革命暴動」などの言葉はいっさい出てこない。天安門での鎮圧行動はなかったことにされた。それ以来、政権側はやむを得ず天安門の一件に触れたときでも、「動乱」や「暴動」に対する鎮圧のことにいっさい言及せずに、「政治風波」という表現で全てをごまかそうとしている。

 こうしてみると、先日の李鵬氏訃告において「動乱」や「反革命暴動」の表現が再び用いられたこと、「暴動を鎮めた」李鵬氏の「功績」が褒めたたえられたことは、実に重大なる意味を持つ。

 要するに習近平政権はもはや、天安門の血の鎮圧を隠そうとはしない。習主席はまさに李鵬氏らの強硬路線の後継者として、共産党の一党独裁体制を守るためには今後、天安門の血の鎮圧と同様の「果敢なる措置」も辞さないことを堂々と宣言したのである。

 そして、この「鎮圧宣言」が訃告の形で出されたのと同じ日、中国国防省報道官は、香港での抗議活動に対処するため中国軍が出動する可能性について初めて言及した。習政権はいよいよ本性をむき出しにして、大変危険な方向へと走り出したようだ。香港と中国本土で今後、第2、第3の天安門事件が起きるのは時間の問題であろう。国際社会は大いに注目すべきである。

【プロフィル】石平

 せき・へい 1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。

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