PR

ニュース コラム

【一筆多論】老後の選択は哲学次第で 佐藤好美

衆院財務金融委員会の冒頭で、「老後資金2000万円問題」の報告書について謝罪する金融庁・三井秀範局長(右)。左は麻生太郎副総理兼財務相=6月14日、国会(春名中撮影)
衆院財務金融委員会の冒頭で、「老後資金2000万円問題」の報告書について謝罪する金融庁・三井秀範局長(右)。左は麻生太郎副総理兼財務相=6月14日、国会(春名中撮影)

 「私は、もらえるおばあさんになる」

 20年以上前、そんな民間の年金保険のコマーシャルがあった。耳に残ったのは、私が母子家庭にならんとしていた時期で、単身の老後に不安を抱いていたからだ。

 公的年金を取材して、納めた保険料に対する年金の“還元率”は、収入が低い人の方が高めだと知った。所得再分配が効くのだ。保険制度なので限界はあるが、制度設計ではこうした「公的年金らしさ」を失ってはいけない。年金水準の低下は不可避でも、所得の低い層が投資や自助努力をするのは困難だからだ。

 夫婦で95歳まで生きるには「2千万円の貯蓄が必要」とした金融庁の審議会報告書が波紋を呼んでいる。

 年金だけで暮らせないのは、けしからんというのだ。だが、年金は、年金だけで暮らせるようにはできていない。余裕のある老後のためには、退職金を充てるのが一般的で、実際、この層の平均純貯蓄額は2484万円だと記されている。必要額と貯蓄がほぼ釣り合っている。

 ところが、年金の水準が今後下がる話が強調され、これが参院選の争点になりそうだという。

 年金の水準を抑制する「マクロ経済スライド」ができたのは15年も前で、民主党政権時代より古い。今後100年間の少子化や経済、保険料収入などに合わせ、年金水準を引き下げる。支え手が減り、長寿化で受給期間は延びたから、水準を下げないと収支が合わないのだ。

 年金制度は、水準が下がるから安定が見込めるわけで、下がらなければ安定しない。今の問題はむしろ、予定通り水準が下がらず、将来世代が一層の水準低下に直面しそうなことだ。政治家が問題解決に及び腰なのは、言及すると騒動になるからだ。制度の最大のリスクは年金を選挙の争点にすることだと思う。選挙権のない世代の利益を二の次にする。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ