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【東京特派員】江戸っ子は将門の明神が好き 湯浅博

神田祭の「神幸祭」=5月11日、東京都中央区(飯田英男撮影)
神田祭の「神幸祭」=5月11日、東京都中央区(飯田英男撮影)

 江戸三大祭りの一つ「神田祭」も終わって、境内は静けさを取り戻しているものと思っていた。ところが、夕暮れ時の神田明神は違う。仕事帰りのビジネスマンが次々にやってきては、手水舎(ちょうずや)で身なりを整え、二拝二拍手一拝の作法を念入りにこなしていた。

 神田明神として親しまれる神田神社は、日本経済の中心である千代田区の大手町、丸の内を氏子地域にもち、商売繁盛、立身出世には欠かせない神社なのである。まあ、わが身を振り返れば、信心に欠けていたなと得心がいく。

 いや、身過ぎ世過ぎは是非もなし。やせ我慢をもって神前で襟を正した。平成から令和への御代替わりに、産経本社のある大手町の守護神にお参りして、天皇ご即位を奉祝したのである。

 上皇陛下は譲位にあたって4月30日午前、皇居内の宮中三殿で神に譲位を告げられた。代わって翌5月1日には、天皇陛下が天照大神から伝わるとされる勾玉(まがたま)と剣を受け取って即位されている。天皇は伝統的に神道の最高位にあり、全国に8万社ある神社の本殿でも、神主やお参りの人々が柏手(かしわで)を打ってお祝いしたことと察する。

 古来、神田明神は江戸城の鬼門除(よ)けに鎮座する総鎮守である。祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)と平将門の霊の2座であった。いまは、一ノ宮には大黒様、二宮が恵比寿様、そして三ノ宮に勝負神の将門が祀(まつ)られている。縁結び、商売繁盛、健康祈願、そして勝運ときては、拝まないわけにはいかない。

 実のところ、将門が祭神である神田明神で、天皇のご即位を奉祝するのはどうかと、一瞬、頭をかすめた。将門は平安時代に乱を起こして東国に独立国を建て、一時は「新皇」を自称した逆賊だったからである。伝承では、討伐された彼の首は平安京まで送られ都大路で晒(さら)された。ある夜、首が空に舞い上がって東方に飛び去り、落下した大手町界隈(かいわい)に首塚ができた。

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