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【日曜に書く】東シナ海で「令和」を考えた 論説顧問・斎藤勉

 それから3年後、中国は天皇皇后両陛下のご訪中を巧みに政治利用して、国辱的な天安門事件による国際的孤立と経済制裁から脱却した。これを踏み台に中国は平成の過去30年間、米国と覇を競い合うまで経済・軍事大国として増長してきた。

 米国の著名な中国分析家、M・ピルズベリー氏は著書『100年のマラソン』で中国は建国100年を迎える30年後の2049(令和31)年を目標に「経済、政治、軍事の各分野で米国を完全に追い抜く超大国となり、自国の価値観に基づく世界秩序と覇権を確立しようとしている」と警鐘を鳴らした。これに呼応してM・ペンス米副大統領は昨年10月の講演で中国を「過去に例のない監視国家」と呼んで全面対決の姿勢を鮮明にした。軍事戦略家、E・ルトワック氏は「対決は共産党独裁体制の崩壊まで続く」と断言している。

 ◆中国との「最後の激闘」

 換言すれば、令和は日米同盟が中国といわば「最後の激闘」を余儀なくされる時代なのだ。だが、いまの日本にその認識と覚悟があるとはとても思えない。そんな折も折の5月、ソ連東欧共産圏の体制悪を描いた映画を立て続けに見た。生皮を剥がすような共産党独裁体制の残忍さを理解するうえで特に若い世代にはお薦めの作品だ。

 ソ連の世界的なバレエダンサーだったルドルフ・ヌレエフが1961年6月、客演先のパリの空港で監視の秘密警察を振り切って決死の亡命を敢行する英国映画『ホワイト・クロウ(白いカラス)』。天安門事件後の活動家らの相次ぐ亡命劇やいまの「脱北」さながらだ。

 もう一本はドイツの『僕たちは希望という名の列車に乗った』。ベルリンの壁構築(61年)前の56年、東ベルリンから首尾よく西側の映画館に潜り込んだ2人の高校生が画面で「ハンガリー動乱」を知る。「東欧の天安門事件」ともいうべきソ連軍による民主化弾圧事件だ。クラスに戻って犠牲者追悼の黙祷(もくとう)を呼びかけたことが「国家への反逆」だとして当局の苛烈な尋問責めにあい、ついには西へ脱出する。いずれも実話だ。

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