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【日曜に書く】東シナ海で「令和」を考えた 論説顧問・斎藤勉

観光客がカメラを向ける中、北京の天安門広場を行進する中国の治安部隊(5月16日、ロイター)
観光客がカメラを向ける中、北京の天安門広場を行進する中国の治安部隊(5月16日、ロイター)

 ◆第一列島線の間近

 平成から令和への御代替わりを東シナ海の洋上で迎えた。東京を出て台湾・基隆港を折り返すイタリア客船でのボーッとした船旅だったが、航路をつぶさに知らされたときはいささか戦慄を覚えた。鹿児島から沖縄本島、宮古島、石垣島、そして中国船が日夜領海侵入する尖閣諸島…。中国が米軍を放逐してまず制海権を握る最初の目標ラインである「第一列島線」の間近を通っていたからだ。

 中国・習近平政権の巨大経済圏構想「一帯一路」への参加を決めたイタリアだからか、この客船はもともとが膨大な中国人観光市場を当て込み、日本人客を乗せるのは最初で最後とか。しかも船室のテレビは大半が中国のチャンネル。今年が全国規模の反日「五・四運動」から100年とあってか、番組は「抗日」ドラマのオンパレードである。「日本鬼子」「打倒日本帝国」…。クルージングを楽しもうという自国民に、これでもか、これでもか、と日本への敵意を刷り込もうという算段なのだろう。

 図らずも米中覇権争いの影と中国の執拗(しつよう)な「反日」宣伝の一端を知らされる旅になった。

 ◆天安門での白昼夢

 30年前の1989年正月。昭和から平成への変わり目は共産主義の総本山、ソ連のモスクワ駐在だった。ゴルバチョフ政権のペレストロイカ(再編)で東欧共産諸国が瓦解(がかい)を始め、ベルリンの壁が崩壊した年だ。その5月中旬、「歴史的な中ソ和解」のため訪中したゴルバチョフ氏に同行して北京に入った。

 天安門広場一帯はソ連圏民主化の立役者である「ゴルビー」を歓迎する何十万という若者の熱情で燃え盛っていた。ふと気付いたとき、私は「李鵬(首相)下台(退陣)!」の大デモの取材で一緒に抗議の拳を突き上げていた。文化大革命報道で産経の北京支局長が不当に追放されてすでに20年以上経っていた憤りもあったのかもしれない。「ひょっとして中国はこのまま共産党独裁放棄に追い込まれ、崩壊するかも?」。それは甘く、愚かな白昼夢だった。広場はほどない6月4日、武力弾圧で悪夢の流血現場と化した。

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