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【日曜に書く】スターリンの犯罪訴えよう 論説委員・河村直哉

ロシア極東ウラジオストクを訪問した北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=4月24日(共同)
ロシア極東ウラジオストクを訪問した北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=4月24日(共同)
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 ◆金正恩のポーズ

 旧ソ連時代の独裁者、スターリンへの肯定的な評価が、ロシアで高まっているという。4月に発表された世論調査でスターリンを「尊敬」「称賛」などと肯定する回答が5割を超えた。経済が低迷し国際的な影響力も低下する中で、ソ連時代の大国のイメージに引かれるロシア人が多いということだろうか。

 中村逸郎・筑波大教授の指摘で気付いたことだが、露朝首脳会談の際、ウラジオストク駅に着いた金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長はコートの前ボタンの間に右手を入れて現れた。スターリンがしていたポーズという。北朝鮮の建国を支えたのはスターリン時代のソ連だから、国際的な孤立が深まる中で金委員長には、露朝の関係をアピールする思惑があったのかもしれない。

 しかしそれにしても、である。スターリンはソ連に大粛清という悪夢をもたらした独裁者である。処刑された数は1937年から翌年にかけてだけでも約70万人とされる。

 自国民に対する暴虐だけではない。スターリン体制下のソ連は終戦直前、日ソ中立条約を破って参戦し、約60万人もの日本人をシベリアなどに抑留した。日本がポツダム宣言を受諾した後、火事場泥棒的に北方領土に侵攻し、四島を不法に占拠させたのもスターリンである。これらは国家犯罪にほかならない。

 ◆カチンの森事件

 スターリンによる別の残虐な犯罪の一つに、1940年のカチンの森事件がある。

 39年、ポーランドはドイツに、次いでソ連に侵攻され、分割された。多数のポーランド将校らが捕虜になった。

 12日までとなってしまったが、大阪市中央区のピースおおさかで「カティンの森事件」という展示会が開かれている。ソ連の捕虜となってからもしばらくは、家族と手紙のやりとりもできていた。「日がたつにつれて、君たちがもっと恋しくなっている」などとした文面も展示されている。

 以下、ヴィクトル・ザスラフスキー『カチンの森』なども参考にする。40年3月、スターリンらは証人喚問や予審なしに将校らを「処理」するよう命じた。4月から5月、将校らは銃殺された。犠牲者は約2万2千人とされる。亡命ポーランド政府から行方を聞かれたスターリンは厚顔無恥にも「満州に逃げたか、ソ連のどこかに潜んでいる」と答えた。

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