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【記者発】大阪社会部・牛島要平 日本の足腰を立て直せ

 大阪経済部で通算8年間取材し、日本の中での「関西」を考えてきた。何年も前に聞いたのに忘れず、脳裏に浮かぶ言葉がある。「東京が日本の頭脳なら、関西は足腰」。頭脳がなくては判断できないが、足腰が衰えては立つこともできない。

 京都は日本の伝統文化を代表する「千年の都」で、大阪は独立心にあふれた「商人の街」。大阪や京都の人々は「自分たちこそ日本の中心」という意識を持っている。

 ただ、日本列島の政治や経済の重心は明治維新から急速に東に移動し、企業の本社移転や人口移動は現在も続く。いうまでもなく政府が東京に置かれ、近代化と戦争、戦後復興と高度成長を中央集権体制で強力に進めたからだ。

 明治政府の大久保利通らは、徳川幕府の本拠地だった関東と、朝廷のある近畿(関西)が分裂することを懸念した。新政府の所在地として「(旧幕府軍を破った)戊辰戦争に鑑(かんが)み関東、東北地方の今後の治安を保つ上から東京が地の利を得ている」と考えた(岡義武『明治政治史』)。また、明治天皇は、幕府滅亡で東京の庶民が経済的に困窮することを深く憂慮した。慶応4(1868)年7月に出した「江戸ヲ称シテ東京ト為(な)スノ詔書」で、みずから東京に赴くと宣言し、「海内(かいだい)(国内)一家東西同視する」との姿勢を表明。翌明治2年3月、京都から東京に行幸(ぎょうこう)し、未(いま)だ帰っていない。

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