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【風を読む】昭和25年の“元号攻撃” 論説副委員長・榊原智

「横浜橋通商店街」のアーケードに「令和」と大きく書かれた縦1・8メートル、横3・4メートルの紙製の横断幕が登場した。同商店街の高橋一成理事長(68)らが作成し「新たな時代とともに商店街も成長していきたい」との願いを込めて掲げた。買い物客の中には新元号の前で記念撮影する人もいた=2日午後、横浜市
「横浜橋通商店街」のアーケードに「令和」と大きく書かれた縦1・8メートル、横3・4メートルの紙製の横断幕が登場した。同商店街の高橋一成理事長(68)らが作成し「新たな時代とともに商店街も成長していきたい」との願いを込めて掲げた。買い物客の中には新元号の前で記念撮影する人もいた=2日午後、横浜市

 およそ70年前のことだ。日本がまだ連合国に占領されていた昭和25年2、3月の参院文部委員会で、廃止したい思惑のもと、元号に関する議論が行われた。議事録を読んで、その軽々しさにため息が出た。

 旧皇室典範の関連法令だった登極令(とうきょくれい)には改元の規定があったが、現憲法制定時に丸ごと廃止されていた。昭和の次の元号をたてる法的根拠が見当たらないという事情が当時あった。これは元号法制定(昭和54年)まで続く。

 当時の世論調査で分かるが、国民の大多数は元号の存続を当たり前と思っていた。だが、「天皇の元号」を嫌う「進歩派」にはチャンスと映ったのだろう。

 質疑に立った議員や参考人として呼ばれた有識者の多数派は、西暦の利便性や「天皇主権でなくなった」ことを理由に、元号廃止を唱えた。同年5月には、日本学術会議が「元号廃止、西暦採用」を決議して首相と衆参両院議長に申し入れている。

 参院文部委の田中耕太郎委員長は元東大法学部長、元文相で同年3月に最高裁長官に就く大物だった。元号廃止志向の田中は、同委で「新憲法の精神から見ても、一世一元の制が果たして妥当であるか」「我が国が国際社会の一員となるべき立場からも、この際文明諸国共通の年号計算に従ってはどうかという問題が起こって来る」と語った。

 他の議員や参考人の廃止論もこれと大同小異だった。70年たった今からみれば、廃止の理由とはなり得ない浅はかな議論である。

 日本国と国民統合の象徴である天皇がその御代を始める際に改元があるのはむしろ、国民の一体感を高める上で憲法の精神に沿っている。

 日本は東洋の時のものさしである元号を用いる唯一の国である。1300年以上も用い続けていることも含め国際社会で、元号をもつ日本の文化性、長い歴史は好意的にみられている。

 5月の新帝ご即位に伴って新しい御代を表す「令和」は今、国民に自然に受け入れられている。

 昭和25年の“元号攻撃”は同年6月の朝鮮戦争勃発などで立ち消えとなった。日本の国柄にそぐわない動きだったからというほかない。

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