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【新聞に喝!】新聞にとって「平成時代」とは 作家・ジャーナリスト・門田隆将

書道教室で新元号「令和」と「平成」と書かれた色紙を手にする男児=東京都武蔵野市の「カコット」
書道教室で新元号「令和」と「平成」と書かれた色紙を手にする男児=東京都武蔵野市の「カコット」

 新元号「令和」が決まり、平成を振り返る企画も、あとわずかとなった。平成という時代が新聞にとって何だったのかを考えると、これほど栄光と衰退を経験した時代はかつてなかっただろうと思う。

 平成が始まった頃、新聞はわが世の春を謳歌(おうか)していた。株価や地価は高騰し、ジャパンマネーが世界を席捲(せっけん)し、米国の象徴ともいうべきマンハッタンのビルさえ日本企業に買収された時代だった。新聞はその有様(ありさま)を同時進行で伝えるばかりでなく、自ら財テクや不動産投機に走り、栄光に翳(かげ)りが生じることなど、露(つゆ)ほども考えていなかった。

 だが、インターネットの登場が盤石の新聞を窮地に追い込んでいく。記者クラブに記者を配置して情報を独占し、恣意的(しいてき)にこれを加工して大衆に“下げ渡して”いた新聞が、個人が情報発信のツールを持ったネット時代の到来に対応できなかったのだ。相変わらずイデオロギーに固執した新聞はそこから抜け出すことはなかったのである。

 若者の新聞離れが凋落(ちょうらく)に拍車をかけた。事実そっちのけで自分の言い分を押しつけてくる新聞に真っ先にソッポを向いたのは若者だった。彼らは必要な情報はネットで仕入れ、新聞の論調など一顧(いっこ)だにしなくなった。21世紀を迎えてからの部数下落はもはや言及するまでもないだろう。

 そんな新聞が令和の時代を迎える。一部の新聞は新元号が漢籍由来とならなかったことがよほどお気に召さなかったようだ。朝日が〈首相がこだわる国書を選び、談話も自ら発表した。そんな姿勢に元政府関係者は眉をひそめる〉(2日付)と書けば、毎日は〈新元号 紙開けば両端に国書 事務方説明 にじむ「令和」推し〉(3日付)と令和への反発が目についた。

 元号を使用するのは、世界で日本だけである。その文化遺産を和書に求めるのは至極当然と思えるが、日頃、中国の主張に沿う記事が多い朝日や毎日はそうは考えないらしい。安倍晋三首相が和書からの引用にこだわったのは、そのとおりだろうと思う。世界唯一の文化遺産をいかに重く受け止めているかを国民も感じたのではないか。

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