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【主張】透析治療の中止 プロセスが問われている

 延命治療をしないこと自体が責められているわけではない。尊厳死のあり方については冷静な議論が必要である。

 問われるのは医学的な妥当性と、患者が延命治療をしないと決めるまでのプロセスである。医療職が治療の可能性や限界を十分に説明したか。患者の自由な意思表明を保証し、その決定に伴走したか。肝心な事実が不透明なままだ。

 東京都福生市の公立福生病院で昨年8月、44歳の腎臓病の女性が人工透析の治療中止により死亡した。同病院では、この女性を含む24人が透析治療を中止するか導入しないで死亡している。

 病院は24人に何があったのか、詳細を公表すべきだ。患者がどんな状態で、病院側がどう意思決定に伴走したのか。詳細が分からないから臆測を呼ぶ。信念に基づいて医療をしているのならば、説明責任から逃げてはいけない。

 44歳の女性は透析中止に同意する文書に署名したが、中止に伴う体調不良から中止の撤回に言及した。症状が落ち着くと改めて透析中止を求め、死亡したという。

 人は揺れるものだから、いつ気持ちが変化してもおかしくない。気持ちが変わっても構わないこと、その都度、繰り返し話し合いができることを医療職は患者に伝えなければならない。

 東京都は立ち入り検査を行い、この女性を含む死亡した24人の診療記録や聞き取り調査を行い、意思確認の記録を残さないなど、延べ10件に書類の不備があったとして医療法に基づく改善指導を文書で行った。

 一部の患者に対しては、代替治療の存在や本人の希望で治療の中止や非導入をいつでも撤回できることについて「説明を行った記録がない」とも指摘した。

 正確な記録を残すことは必要最低限の措置である。文書がなければ、プロセスを検証することができない。その上で本当に大切なのは、丁寧な経緯を踏んだかどうかである。

 疾患の見通しや治療の可能性について分かりやすく説明し、本人は理解していたか。延命拒否の意図が心からのものか、その意図を丁寧にくむことができたか。話し合いに家族か、これに近い人を加えることも必要である。家族も揺れる存在だからだ。

 重要な問題だからこそ、必要な情報は開示してほしい。

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