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ニュース コラム

【日曜に書く】御朱印ブームに思うこと 論説委員・山上直子

 「スタンプラリーではないのですが…」

 春たけなわ。観光客でにぎわう社寺で、そんな声を聞いた。いわゆる御朱印ブームで、ありがたさ半分、とまどい半分なのだという。

 近年、神社仏閣で見かけるあの行列だ。美しい蛇腹式の帳面を持ち、数百円を払って押印をしてもらう。日付のほか、祭神や本尊名も墨書されることが多いから、参拝記念にと集める人が増えている。

 ところが、お参りもせず、御朱印だけもらって帰る人が少なからずいる。宗教心は人それぞれだが、それ以前に、神仏とそれを信じる人への礼を欠いていないだろうか。

 ◆人気の余波

 それから、社寺を訪れた際に観察してみた。すると、鳥居や門をくぐるときに一礼をする人、しない人がいる。手水舎(ちょうずや)で手や口を清めてから参拝する人もいれば、写真をあちこち撮るだけで帰る人もいる。そしてやはり、本殿(堂)を素通りして社務所や寺務所に行く人もいた。

 「日本人のほうがラリー感覚の人が多い気がします。最近は外国人も御朱印を求める人がいるのですが、宗教に関心の強い方でしょうね」

 聞けば、御朱印(帳)がインターネットで転売されたり、代わりにもらってくれる“代行サービス”が登場したりと、驚くようなことも起きている。

 もちろん、参拝者が増えることで宗教そのものや、社寺の歴史、文化財などに関心が高まるのは喜ばしい。御朱印をテーマにした旅行ツアーもあっていいし、工夫を凝らした御朱印が話題になることもある。ただし「お金を払っているのだから」という態度はいただけない。御朱印はあくまで授与されるもので、買うものではないはずだ。

 数年前、京都の下鴨神社で、明治~昭和初期の神道学者、リチャード・ポンソンビ=フェーン博士が集めた古い御朱印帳を見たことがある。全部で40冊、約2000社という膨大な数で、南洋諸島の貴重な神社の名もあった。収集への熱意と同時に、博士の神道に対する敬意や尊崇の念も感じたのだった。

 英国の敬虔(けいけん)なキリスト教徒の家系に生まれた人がなぜ…と思ったが、むしろ、宗教を身近に育ったからこそ、他の宗教への敬意も持つことができるのだろう。他者に敬意を払うことができる人は、その人自身も敬意を持って遇されるものだ。

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