PR

ニュース コラム

【新聞に喝!】キーン氏と三島氏は本当に親友だった? 元東大史料編纂所教授・酒井信彦

東京都目黒区の東京大学で開かれた三島由紀夫シンポジウムに登壇し、友情を振り返った日本文学者のドナルド・キーンさん=平成27年11月14日
東京都目黒区の東京大学で開かれた三島由紀夫シンポジウムに登壇し、友情を振り返った日本文学者のドナルド・キーンさん=平成27年11月14日

 文化勲章も受章した日本文学研究家、ドナルド・キーン氏が2月24日に亡くなった。翌25日の新聞各紙は単なる死亡記事にとどまらず「評伝」を掲載。さらに関係者の談話や生活の様子などの情報も伝えている。その後も社説や文芸欄などで、同氏の事績(じせき)に言及するなど、最近の物故者としては、例外的に丁寧な報道が行われたようである。

 内容的には各紙とも、研究の原点が捕虜の尋問や兵士の日記調査など戦争体験であること、著名作家との交流の様子、日本国籍を取得した契機が東日本大震災であったこと-など、ほぼ類似していると言ってよいだろう。

 各紙の報道で特に私の注意を引いたのは、キーン氏の平和主義に関する報道の相違だ。つまり、主要6紙のうち朝日、毎日、東京の各紙は、同氏の平和主義に言及しているが、産経、読売、日経の各紙は言及がないようだ。これは各紙の論調の傾向をそのまま反映しているからだろう。

 例えば、26日の毎日の社説には「過酷な戦場の体験から、近年の日本国憲法改正への動きに警鐘を鳴らしていた」とあり、同日の東京の社説は「本紙での連載などを通じて、改憲や原発の再稼働、東京五輪の開催に強く反対した」と述べている。

 中でも最も熱心だったのはやはり朝日新聞。25日の評伝では、キーン氏は「『私は反戦主義者です』。戦争の記憶や改憲の動きを問うたび力を込めて繰り返した」、26日の社説では「憲法9条が改定の動きにさらされている現状も批判した」とある。

 さらに、3月16日夕刊の「惜別」欄では「憲法9条のすばらしさは戦後の日本が一人の戦死者も出していないことに表れています」-との言葉が紹介されている。

 ここで私は疑問に思わざるを得ない。それはキーン氏と作家、三島由紀夫氏(1925~1970年)との関係だ。朝日の評伝には「三島とは特に親交が深く、自決の2日後に最後の手紙を受け取った。『私は無二の親友を失い、世界は偉大な作家を失った』と悼んだ」とある。

 しかし三島は、現代日本社会で特に嫌いなのは偽善であり、平和憲法が偽善のもとだとして、「憲法は日本人に死ねと言っているんですよ」と、自決した年の2月にはっきりと断言している人物である(『告白 三島由紀夫未公開インタビュー』講談社)。

 つまりキーン氏は、三島氏とは全く相反する歴史観を持っているわけである。2人は本当に親友であったのか。だとすれば、それはなぜ可能だったのか。その点をこそ明確に解説すべきである。

                   

【プロフィル】酒井信彦(さかい・のぶひこ) 昭和18年、川崎市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。東京大学史料編纂(へんさん)所で『大日本史料』の編纂に従事。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ