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【日曜に書く】上坂冬子さんの熱血今こそ 論説顧問・斎藤勉

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ノンフィクション作家の上坂冬子さん(早坂洋祐撮影)
ノンフィクション作家の上坂冬子さん(早坂洋祐撮影)

 ◆「国会前でハンスト決行」

 上坂冬子さんが逝って4月14日で丸10年になる。ノンフィクション作家として火を噴くような熱血と行動の人だった。78年の生涯に「靖国」問題はじめ多岐にわたる分野で膨大な著作を遺(のこ)し、晩年は北方四島返還に体を張った。いや、命を懸けたのだと私は思っている。

 ソ連・ロシアに不法占拠されたままの北の島に3度も足を踏み入れて『「北方領土」上陸記』(文藝春秋)を著し、本籍を東京・目黒から国後島に移した。その上で雑誌『正論』(2005年2月号)で啖呵(たんか)を切った。

 「もし、二島返還で納得するなら私は、我が本籍地を取り戻すまで国会前でハンストを決行するのみだ。いまさら惜しい命でもない」

 死の4年前の文章である。いまも存命なら、政府が「二島返還」に動き始めたかに見える昨年来、本当に国会前の話題の人になっていたかもしれない。

 06年夏、歯舞沖で日本漁船がロシア警備艇に銃撃され、船員1人が死亡する事件が起きた。上坂さんは船ごと国後に連行された船長がロシアの一方的な有罪判決を受けて根室に戻るや、直撃取材に飛び、船長が「北海道の規則も破った」と根室海上保安部からも書類送検された理不尽さに怒りを爆発させた。

 上坂さんは四島占領という「スターリンの暴挙」を「民主ロシアが“実績”とみるのか、暴挙を否定して先進国の名に恥じない態度をとるかどうかにかかっている」と論じ、問題の「国際化」の緊要性を訴えた。

 ◆「カチンの森事件」の教訓

 その最大の失策例だと地団駄(じだんだ)踏んだのが、四島と目と鼻の先の洞爺湖で08年7月に行われたG8サミットだ。当時のメドベージェフ大統領が帝政ロシア以来の指導者として初めて北海道に降り立ったというのに、福田康夫首相は首脳会議で領土問題は一切提起せず、国際的PRの絶好機を自ら逸してしまった。 「各国首脳あるいは奥様方を自然遺産視察旅行に誘い、知床から根室の納沙布岬に回って領土を直接、見てもらえば大いに関心を持たれたでしょうに。07年に中国の温家宝首相(当時)が来日した時も靖国神社に案内すれば、と思ったのよ」

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