PR

ニュース コラム

【世界のかたち、日本のかたち】「ポスト戦後」の新時代へ 大阪大教授・坂元一哉

ニューヨークの国連本部で講演される皇太子さま=2013年3月(共同)
ニューヨークの国連本部で講演される皇太子さま=2013年3月(共同)

 明治150年を終えたばかりの日本は今年、御(お)代替わりとなり、30年あまり続いた平成の時代が終わる。皇太子さまが即位され、新元号とともに始まる新しい時代は、「戦後」が終わり、また「冷戦後」も終わるという2つの意味で、ポスト「戦後」の時代と呼べるだろう。

 天皇陛下は昨年末、ご自身の御代を振り返られ、「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています」とのお言葉を述べられた。あらためて考えてみると、明治、大正、昭和、平成と続いた150年の歴史のなかで、戦争がなかった時代は、平成だけである。そしてその平成が終わり、新しい時代になれば、第二次世界大戦は日本人にとって、前の時代ではなく、前の前の時代に起こったことになる。新時代を、「戦後」という時間枠で考え続けることには、無理があろう。

 日本は平成の間に、昭和のうちにはできなかった大戦の精神的整理を大体済ませることができた。そのことも新しい時代を、ポスト「戦後」と呼ぶのにふさわしい時代にする。

 陛下はこの間、平和への祈りと戦没者の慰霊にたゆまず取り組まれ、その整理に大きな役割を果たされた。政府も整理の障害になっていた2つの問題の解決に取り組み、結果的に、大戦の反省と謝罪の問題については、平成27年(戦後70年)の「安倍談話」に至る努力、また大戦の反省に基づく平和主義と自衛のための武力行使の範囲をめぐる問題については、同年の「平和安全法制」に至る努力のなかで、一応の決着をつけることができた。

 平成の時代は、ほぼ冷戦後の時代に重なるが、平成が終わるいま、冷戦後の時代も終わろうとしているようである。世界政治をリードする米国が、その政策基調を、人、モノ、カネ、情報が自由に国境を越えるのはいいことだ、とするグローバリズムから、アメリカ第一のナショナリズムに大きく転換しているからである。

 トランプ米大統領にしてみれば、グローバリズムに基づく、冷戦後の米国の政治外交政策は、米国の製造業を衰退させて中国の台頭を許し、不法移民の増加を招いて米国の社会的コストを増大させ、イラク戦争のような中東介入の泥沼に米国を引きずり込み、一方で真の脅威である核拡散にはうまく対応できない。しかも米国が世界の安全に過大な負担を負う、大失敗以外の何ものでもなかった。

 「米国を再び偉大に」という大統領のスローガンは、その大失敗を反省して、自由貿易のルール、同盟のあり方、台頭する中国との関係、国家主権の意味などを大きく見直し、世界を米国に有利なポスト「冷戦後」の世界に変えていく、そのスローガンのようにも聞こえる。

 平成後の日本は、ポスト「戦後」の思考でもって、ポスト「冷戦後」の時代を日本の国益に合うものにしていかねばならないだろう。平成の間に格段に強化された日米同盟が、そのための基盤になる。(さかもと かずや)

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ