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【風を読む】角栄の胆力を想起したい 論説副委員長・佐々木類

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演説する田中角栄元首相(撮影年月日不明)
演説する田中角栄元首相(撮影年月日不明)

 机をこぶしで叩(たた)きながらの、1時間にわたるブレジネフの長広舌が終わるや否や、ドスのきいた声で田中角栄がこう、短く言い放った。

 「経済協力という技術的な問題を話し合うためにここに来たのではない。領土問題を解決しに来た。これは日ソの政治家にとって避けて通れない使命である」

 1973(昭和48)年10月7日から4日間、モスクワで行われた田中首相とブレジネフ書記長による日ソ首脳会談は画期的だった。北方四島をめぐる領土問題の存在を長年にわたり認めてこなかったソ連の主張に風穴を空けたからである。

 冒頭の鋭い発言をきっかけに、角栄はブレジネフを土俵際まで追い詰めていった。よほどの胆力がなければできない芸当だった。

 田中角栄首相「『未解決の諸問題』の中に4つの島が入っていることを確認されるのか」

 ブレジネフ書記長「ヤー、ズナーユ(私は知っている)」

 同席していた新井弘一外務省東欧一課長(ソ連担当)は咄嗟(とっさ)に「この表現では弱い」と思った。日本が領土問題の存在をうるさく主張しているのは知っているが、存在自体を認めたわけではない-と弁解の余地を与えてしまいかねないからだ。新井氏は「もう一度確認を」と走り書きしたメモを隣席の大平正芳外相を通じ角栄に渡した。再確認を迫る角栄の気迫に押されたブレジネフは「ダー」と答えるのが精いっぱいだった。

 角栄研究をしていた平成28年秋に新井氏(後の駐東独大使)に当時の様子を聞いた際の話だ。

 73年当時のことは、新井氏著「日本外交の宿題」(国策研究会)にも詳しい。角栄の肉声もある。84年9月10日、入院する5カ月前の最後の名演説だ(新潮45 初夏特大号2010年7月号付録CD)。

 外相級に落とし込んだ時点で暗雲が漂い始めた領土交渉の相手は、日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連の後継国ロシアだ。安倍晋三首相は四島返還の原則に戻り、持ち前の胆力でプーチン大統領に交渉の経緯と文書を突き付けてもらいたい。

 新井氏は言う。「内政の失敗は一政権の崩壊でかたがつくが、外交の失敗は国を滅ぼす」

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