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【主張】北方領土 四島返還明確に決意語れ 「スターリンの犯罪」が本質だ

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 安倍晋三首相の口から、日本固有の領土である北方四島が、ソ連・ロシアによって不法占拠されてきたという歴史の真実と、四島を必ず取り戻すという明確な決意が語られることはなかった。残念というほかない。

 「北方領土の日」の7日、都内で開かれた返還要求全国大会での首相挨拶(あいさつ)のことである。

 元島民でつくる千島歯舞諸島居住者連盟の脇紀美夫理事長は大会で、政府から「四島返還というメッセージ」が影を潜めたと指摘し、「どうしてなんでしょうか」「元島民は365日が北方領土の日であるとの思いで、四島の返還を待ち望んでいる」と訴えた。

 政府と国民が共有すべき認識である。

 ≪不法占拠の認識あるか≫

 四島は日本の正当な領土であり日本人の古里だ。現代の日本人が返還をあきらめるようなことがあれば悔いを千載に残す。

 首相は、北方領土問題の解決と日露平和条約締結について「容易ではないが、やり遂げなければならない」との決意は語った。ならば、四島返還が問題解決のゴールであると発信すべきだった。

 対露外交の責任者である首相の言葉が弱ければ、大会アピールが四島を「わが国固有の領土」とし、「返還実現を目指す」とした意味が減じてしまう。このアピールにしても、不法占拠の事実を指摘しない不十分なものである。

 ロシアは、四島は第二次世界大戦の結果、自国領になったと偽りの主張を繰り返している。法と正義に反するロシアに迎合し、慮(おもんぱか)るような姿勢では、交渉の基盤は弱まるばかりではないか。

 安倍政権に求められるのは、ソ連の独裁者スターリンの「犯罪」である四島占拠の問題性と、それを返還によって是正する正当性をロシアに毅然(きぜん)として求め、国際社会へも訴えていくことだ。

 「北方領土の日」は、1855年の2月7日に日魯通好条約が調印されたことにちなむ。条約は択捉、国後、色丹、歯舞群島を日本の領土として国境線を定めた。北方四島はこれ以来、他国に帰属したことがない。

 ソ連は第二次大戦末期の1945年8月9日、スターリンの決定で日ソ中立条約を破り、対日参戦した。日本降伏後に占拠したのが北方四島である。

 四島奪取は、戦後の領土不拡大をうたった大西洋憲章(41年)やカイロ宣言(43年)に反する。

 ロシアでは北方領土問題の不当性への理解が足りていない。

 良識派とされる知識人が、北方領土は「ソ連兵が血で獲得した」などと語り、日本が千島列島全てを要求しているかのような事実誤認も目立つ。

 日本の外務省と在露日本大使館は、露国民に向けた広報活動に本腰を入れてもらいたい。

 ≪国際社会に広く訴えよ≫

 その際、四島奪取は「スターリン体制の犯罪」だという視点がロシア人に理解されやすい。スターリンによる弾圧がピークに達した36~37年だけで、ソ連では約150万人が逮捕され、うち約70万人が銃殺された。多くのロシア人に犠牲となった親族がいる。

 スターリンの犯罪は許されないと考えているロシアの広い層に、北方領土問題の本質を根強く訴える努力が必要だ。

 ソ連・ロシアに苦しめられた国々の行動にも学びたい。

 旧ソ連の秘密警察が大戦中の40年、ポーランド人将校ら約2万2000人を銃殺して隠蔽(いんぺい)した。「カチンの森事件」と呼ばれる。

 ソ連はこれを「ナチス・ドイツの仕業」と宣伝したが、ポーランドは粘り強く、国内外にソ連の犯罪だと訴え続けた。その結果、90年にはソ連は秘密警察の関与を認めた。2010年には、プーチン首相(当時)が慰霊行事に参加し、「スターリン体制の犯罪は正当化されない」と述べた。

 バルト三国は、独ソ不可侵条約の秘密議定書を受け、1940年にソ連に併合された。当事国を無視した密約は無効との認識が広がり、91年の独立回復につながった。ロシアが四島支配の根拠に挙げるヤルタ協定(45年)も日本と無関係の秘密合意にすぎない。

 ポーランドもバルト三国も、自ら「スターリンの犯罪」に声を上げ、結果を出した。ロシアに遠慮して黙っていたのなら成果はなかったはずだ。安倍政権はこれら対露交渉の成功例に学ぶべきだ。

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