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【直球&曲球】野口健 もう一度、自分の人生を生きよう

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 この原稿をヒマラヤで書いている。学生の頃から年末年始は決まってヒマラヤで過ごすものだったが、今回は久々にヒマラヤでの年越し。

 何故に、ヒマラヤで年を越してきたのか。表向きには厳冬期のヒマラヤに身をさらすことで心身共に鍛えることが目的であったが、最大のテーマは新年を登山仲間やシェルパたちとテントの中で迎えながら互いにこの一年を生き延びた幸運に感謝し喜び合い、新たな一年も精いっぱい挑み、1年後に同じように乾杯しようと、僕らにとっては儀式のようなものだった。

 しかし、2011年のエベレスト登山で雪崩に打たれ頸椎(けいつい)を痛めてからはシビアなヒマラヤ登山から遠ざかっていた。幸いなことに2年前に頸椎手術が成功し、昨年春には久々にヒマラヤの6千メートル級の山に登頂した。あまりに長かったこのブランクの間に自分の中で発見も多かった。最後のエベレスト以来、日本で当たり前に生き、年越しも実家に戻ってはボケーッと過ごしたりもした。身内からは「こういう年越しもいいでしょ」と言われた。確かにテントの中、ブルブルと震えながらのヒマラヤよりも快適に違いなかったが、しかし、あのテントの中で一年を生き延びたことをシェルパたちと喜び合ったあの瞬間の方がはるかに生きていた。

 圧倒的な努力をしなくても生き延びられてしまう日常生活。それはそれで恵まれた環境に違いない。「今更、生き死にの世界に戻る必要もないか。けがのおかげでヒマラヤで死なずにすんだのだ」と何度自身に言い聞かせたことか。しかし、その一見平和で穏やかな時間が長く続くと自分の心が腐っていくのがわかる。心の腐敗がさらに蔓延(まんえん)すると精神がカサカサに乾いていく。そして、生きることに飽きてしまう。この冬、ヒマラヤに戻ってきて感じたことは、やはり自分は山屋なのだということ。あのエベレストに挑んでいたときのように、虫眼鏡で一点を焼くようにジリジリと生きたいと。もう一度、自分の人生を生きようと。けがをしたことによって人生と向き合えたのだからけがにも感謝しなければならない。

                   

【プロフィル】野口健(のぐち・けん) アルピニスト。1973年、米ボストン生まれ。亜細亜大卒。25歳で7大陸最高峰最年少登頂の世界記録を達成(当時)。エベレスト・富士山の清掃登山、地球温暖化問題、戦没者遺骨収集など、幅広いジャンルで活躍。新刊は『震災が起きた後で死なないために』(PHP新書)。

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