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【日曜に書く】ジャズピアニストの若き日 論説委員・別府育郎

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2015年5月、「第6回 岩谷時子賞」授賞式に出席したジャズピアニストの前田憲男氏
2015年5月、「第6回 岩谷時子賞」授賞式に出席したジャズピアニストの前田憲男氏

「紙のピアノ」

 《オキタツは押入れから、一メートル半ほどの細長いベニヤ板をとりだした。

 「貧乏は発明の母…ぼくの場合はな」。ベニヤ板は二つ折りにたたまれていて、ひろげるとピアノの鍵盤を紙に書いて貼ってあるものだった。

 「けっこう役にたちよる。毎朝、学校いくまえにバイエルをな、こないして…」

 オキタツはバイエルのまえに紙のピアノをおき、慣れた指運びで音符をなぞってみせた。

 「どや、キヨッチンもやってみんか」(こんな手ぇもあったんか…よっしゃ、オキタツ試したろ)。ちょっと考えてから、左足でテンポをとりながら、右の人差指だけで慎重に紙のピアノをおさえていった。

 「ドビュッシー…やろ…月の光」「せんせ、ごっついなぁ」「キヨッチンかて音の鳴らん鍵盤で、よう『月の光』のメロディを正確におさえるなあ」》

 前田憲男

 山路洋平著、「紙のピアノ~新制中学物語」の冒頭の場面である。学制改革による新制中学に入学したキヨッチンはピアノに触れることを目的に音楽教師オキタツの家を訪れるが、あったはずのピアノはすでに密造酒に化けていた。放課後の音楽室のピアノを独占するキヨッチンは、「憧れのハワイ航路」をスイング風に弾いて職員室を驚かせる。戦後の青春譚(たん)である。

 著者の山路は、祖父愛山、父久三郎、兄昭平の新聞人三代の家に育ち、放送作家となった。「キヨッチン」のモデルは、大阪・豊中市立三中時代の山路の同級生、前田憲男である。

 日本を代表するジャズピアニストでアレンジャーの前田は11月25日、83歳で亡くなった。

 「ミスター・サマータイム」「冬のリヴィエラ」などの編曲で前田が手がけた楽曲は、多く耳に残る。「11PM」や「題名のない音楽会」などで聞いた軽妙な語りは、ジャズを身近なものにしてくれた。ユーモアの師匠は、大好きな落語家、古今亭志ん生だったのだという。

 葬儀は5日、東京・青山葬儀所で営まれた。

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