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【主張】危険運転致死傷罪 「あおり」根絶へ法整備を

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 法は、善良な人々を守るために存在すべきである。条文に不備があるなら、改正を躊躇(ちゅうちょ)すべきではない。

 東名高速道路で昨年6月、執拗(しつよう)なあおり運転を受けて停車させられた夫婦がトラックに追突されて死亡した事故で、横浜地裁の裁判員裁判は石橋和歩被告に危険運転致死傷罪を適用し、懲役18年の判決を言い渡した。

 判決は、被告のあおり運転と夫婦の死亡に因果関係があると認定して同罪を適用した。

 一方で、高速道路上に停止させた速度ゼロの状態が同罪の構成要件である「重大な危険を生じさせる速度」とするのは、解釈上無理があるとも指摘した。

 同罪があくまで「走行中」の行為を対象とし、停車中の事故を想定していない以上、妥当な指摘といえるだろう。

 だがそれは条文の不備であり、被告の悪質な運転を何ら正当化するものではない。高速道路上で強制的に停車させる行為が「危険な運転」でないはずがない。

 危険運転の罪は平成11年に東名高速道路で飲酒運転のトラックに追突された乗用車が炎上し、女児2人が焼死した事故をきっかけに新設された。

 だが、当初は立証のハードルが高く、条文が想定しない悪質運転による事故が頻発し、適用条件を拡大する法改正を重ねてきた。まだ足りなかったということだ。

 同様の不備は、12年施行のストーカー規制法にもみられた。

 同法は「桶川ストーカー殺人事件」をきっかけに成立したが、電子メールの普及を想定していなかったため、メールによるつきまとい行為に警察が対応できず、「逗子ストーカー殺人事件」を防げなかった。法改正で条文に「電子メール」が加えられたが、ツイッターやSNSの明記はなく、さらなる悲惨な事件を招いた。

 「助けて」という人を守るための法が、保護や捜査の足かせとなった典型的な悪例である。

 事件が起きなければ変わらない遅々とした泥縄の法整備には、大きな不満がある。それでも改正を求め続けなくてはならない。

 裁判では、亡くなった夫婦の長女が証人として出廷し、「世の中のあおり運転を少しでも減らすために重い刑罰にしてほしい」と訴えた。涙の訴えを、立法府もわがことと受け止めるべきだ。

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