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【解答乱麻】教育勅語批判の矛盾点 武蔵野大教授・貝塚茂樹

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 (2)教育勅語は戦争を遂行するための軍国主義や超国家主義の「母胎」であったという。しかし、例えば1939(昭和14)年に「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」が渙発され、当時の文部省は、『国体の本義』『臣民の道』を相次いで刊行して学校に配布している。これらが総力戦体制の思想的基盤となったというのは歴史の定説である。このことは、教育勅語が戦争遂行のイデオロギーにはなり得なかったことを意味しないのか。そもそも「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ」「博愛衆ニ及ホシ」といった教育勅語の徳目は、戦争と結びつくどころか、むしろ対極にあるのではないか。

 (3)「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」は、戦争で犠牲になることを強制しているという。しかし、戦争となった場合、国のために死ぬことを直接的に求められるのは軍人である。ところが、軍隊および軍の学校において教えられたのは教育勅語ではなく「軍人勅諭」であった。この事実はどう説明できるのか。

 (4)教育勅語が廃止された根拠は、1948(昭和23)年6月の「国会決議」だという。この「国会決議」は、「教育勅語と教育基本法は矛盾しない」という日本側の解釈を占領軍(民政局)が否定し、変更したものである。しかも、その草案は占領軍が書いた。この事実をどう解釈するのか。また、法的拘束力のない「国会決議」を殊更に重視する論理的な根拠は何か。

 取りあえずは、以上の点について、歴史的事実に基づいた説得力のある説明を期待したい。

                   

【プロフィル】貝塚茂樹(かいづか・しげき) 国立教育政策研究所主任研究官などを経て現職。専門は日本教育史、道徳教育論など。

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