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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(43)今なお続く日本の資金拠出 「戦後補償」にすり替わった人道支援

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 10年ほど前に日本の支援でできた、そのアパート群(「故郷の村」)を訪ねたことがある。住んでいるのは「故郷に帰りたかった元労務者のお年寄り」ではなく、多くが若い2世たちであった。これは、朝鮮人の残留者団体が、終戦までに南樺太にいた者すべてを1世とし「補償すること」を強く求め、事業の枠組みに入れてしまったからである。つまり、当時0歳の赤ん坊でも支援対象なのだ。ロシア語しか話せない彼らにとって韓国は「父祖の地」という以外の意味はない。

 一旦、永住帰国してもサハリンに残した家族と再会するための旅費まで、日本が面倒を見てくれるため「暑い夏はサハリンへ帰る」と嘯(うそぶ)く居住者もいた。彼らは「日本が補償するのは当然ではないか」と一様に口をそろえる。韓国政府はことある度に、日本に追加支援を迫り、人道支援は「戦後補償」問題へと、すり替えられていった。

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