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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(43)今なお続く日本の資金拠出 「戦後補償」にすり替わった人道支援

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日本の支援で韓国に建設されたアパートに住むサハリンからの永住帰国者(左)と、夫と帰還運動を行った堀江和子さん=平成19年、韓国・安山市
日本の支援で韓国に建設されたアパートに住むサハリンからの永住帰国者(左)と、夫と帰還運動を行った堀江和子さん=平成19年、韓国・安山市

 先の大戦中、地上戦で民間人が犠牲になったのは沖縄だけではない。日露戦争以降、日本が領有していた南樺太(からふと)でも4千人以上の民間人が亡くなっている。しかも、北海道の北半分を、奪い取る目的で、昭和20年8月15日以降も侵攻をやめなかったソ連軍(当時)によって丸腰の女・子供・お年寄りらが殺され、略奪・レイプといった非道極まる行為の犠牲になった。

 日本統治下の朝鮮と同様、南樺太にインフラ(鉄道、道路、学校など)を整備し、製紙や炭鉱、水産といった産業を活性化させたのは日本である。

 北海道の北にある魚の尻尾のようなこの細長い島に当時、40万人以上の日本人が住んでいた。ソ連軍が来るまでに北海道へ逃れられたのは約11万人。残された約29万人の日本人の大部分も、翌21年の「米ソ引き揚げ協定」によって順次、帰国がかなったが、朝鮮人は留め置かれた。これが、「サハリン残留韓国人問題」と後に呼ばれるのだが、ソ連軍政下で行われたことであり、占領下にあった日本政府が決定に関与していないのは前回、書いた通りである。

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