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【中江有里の直球&曲球】茶の湯が支えた「経営の神様」

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 今年は台風が多い。台風報道の時によく見るのが東京・浅草の雷門のちょうちんが畳まれる光景である。このちょうちんは松下幸之助が寄進したものだ。松下幸之助は言わずと知れたパナソニック創業者、ベストセラー作家、発明家…と多彩な顔を持つ。先月、本コラムで’70大阪万博について書いた際、訪れたパナソニックミュージアム内の松下幸之助歴史館では幸之助の一生を展示していた。

 9歳で単身故郷を離れ、大阪へ奉公に出た幸之助は、幼いながらに商売の方法を学んでいく。

 こんなエピソードがある。客にたばこを買ってきてくれ、と頼まれることが重なり、仕事を中断させまいと、あらかじめまとめ買いしておいて、それを渡すことにしたという。まとめて買えば安くしてもらえるし、仕事も滞らない。11歳のころの話だそうで、すでに商売人の発想だ。

 その後、電気に目覚めた幸之助は松下電気器具製作所を開業し、新しいソケットを発明し、商品化した。

 家庭内工業から日本を代表する一大企業への発展を一代で成し遂げた幸之助には言葉がある。「事業は人なり」「企業は社会の公器」など企業の在り方から「お客さま大事」「素直な心」といった従業員の基本姿勢まで、平易で深い言葉が記された著書は多くの人の心をつかみ、今も売れ続けている。

 逆に幸之助をつづった本も多い。谷口全平・徳田樹彦著『松下幸之助 茶人・哲学者として』(宮帯出版社)は茶人としての幸之助が描かれる一冊だ。

 幸之助は生前15もの公共茶室を寄贈したという。自身も毎朝一碗(わん)の茶を喫した。不況の時も、週2、3回ほど別邸の真々庵の茶室を訪れ、客人や会社幹部を招いたり、ひとり静かに茶をたてる日もあった。幸之助は茶室にいるときは、茶人としてものに動じない心が生まれたという。常に競争にさらされる経営者の心を静めるのに必要なものだったのだろう。

 茶道という伝統文化と経営、これらは松下幸之助の中で結びつき、世界に通ずる独自の経営哲学が生まれた。

                   

【プロフィル】中江有里(なかえ・ゆり) 女優・脚本家・作家。昭和48年、大阪府出身。平成元年、芸能界デビュー、多くのテレビドラマ、映画に出演。14年、「納豆ウドン」で「BKラジオドラマ脚本懸賞」最高賞を受賞し、脚本家デビュー。フジテレビ「とくダネ!」にコメンテーターとして出演中。

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