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【産経抄】10月5日

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 東京大空襲で築地市場はほとんど無傷だった。米軍は早くから、使い道があると判断していたらしい。接収は昭和20年秋から始まった。青果部の施設は、米軍のための洗濯工場となる。米国から最新鋭の機器が運び込まれ、日本人の従業員が昼夜2交代で作業していた。

 ▼『築地市場 クロニクル1603-2018』(朝日新聞出版)には、洗濯工場の様子を伝える貴重な写真を含めて、約400枚が掲載されている。築地市場の83年の歴史をたどる一冊は、明日6日に営業を終え、豊洲市場に移転するのにあわせて刊行された。

 ▼著者の福地享子(きょうこ)さんは、水産仲買の文化団体「築地魚市場銀鱗(ぎんりん)会」の事務局長である。会は市場内で図書室「銀鱗文庫」を運営してきた。書棚には、魚市場が日本橋にあったころからの資料から水産関係の文献まで約1万冊がそろっている。福地さんが大いに利用したのは言うまでもない。

 ▼「下駄履いてすずしき河岸(かし)の往還(ゆきかえ)り」。「魚河岸の文人」として知られた故尾村馬人(ばじん)さんの句である。江戸時代から続く魚問屋を経営し、仲間とともに「銀鱗会」を組織した。尾村さんには、句集など10冊以上の著作がある。

 ▼「魚河岸俳句会」を主宰して、毎月1回開いた句会には著名な俳人も参加していた。句会は「フグ供養」なる季語も生んでいる。文人は尾村さんだけではない。昔は河岸がひけた後、歌舞伎や芝居見物に出かける市場関係者の姿がみられた。絵画や短歌も盛んだった。

 ▼11日に開場する豊洲市場の一角に、銀鱗文庫も移転する。厳しい財政事情から、スペースは小さくなり蔵書の一部は処分せざるを得なかった。新たな魚市場は、築地市場のにぎわいとともに、文化の香りも引き継いでほしい。

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