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【産経抄】9月27日

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 昭和の角界を揺るがした騒動の一つに春秋園事件がある。昭和7年、関脇天竜ら32人の力士が、相撲協会の改革を訴えて、東京・大井の中華料理店「春秋園」に立てこもった。やがて協会を脱退して、別の団体を結成する。

 ▼後に前人未到の69連勝を成し遂げ、不世出の大横綱となる双葉山は、当時十両になったばかりの若者である。恩人の夫人はこう諭した。「本当に改革すべきことがあるのであれば、内部にいてそれをやるべきだ」。「まったくそうだ」と騒ぎから距離をおいていた。

 ▼平成の大横綱、貴乃花親方(46)は、双葉山を深く尊敬してきた。協会の改革を訴える、親方の言動の根本には、双葉山が説いた相撲道があった。ただ残念ながら双葉山と違い、適切な助言者に恵まれなかった。あるいは、いたとしても聞く耳もたなかったのか。25日、協会に引退届を提出し、角界から去る決断を示した。

 ▼弟子の傷害事件に端を発したこれまでの騒動は何だったのだろう。親方は退職の理由について、協会からのパワハラまがいの圧力を挙げる。一方の協会は、親方の主張を真っ向から否定した。両者はまったく歩み寄ることがなく、残ったのは後味の悪い結末だけである。

 ▼引退後の双葉山は、自ら騒動の主人公になったことがある。敗戦のショックから、新興宗教にのめり込み、取り締まりの警察官相手に大立ち回りを演じた。もっともそれが、角界との縁の切れ目とはならなかった。「学問のない悲しさです」。謙虚に反省した双葉山は、やがて時津風理事長として、大相撲の近代化と民主化を断行する。

 ▼終わったことは水に流して、力を合わせて発展に尽くす。相撲は本来、もっと融通無碍(ゆうずうむげ)でおおらかな世界ではなかったか。

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