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【産経抄】8月31日

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 1976年のモントリオール五輪の主役は、ルーマニアの「白い妖精」と呼ばれたナディア・コマネチさんだった。白いレオタードに身を包んだ14歳の少女は、史上初の満点を連発して、女子体操界に革命を起こした。

 ▼コマネチさんは、コーチの力も大きかったと、振り返る。本番前の公開練習では、ほとんどの選手はケガをしないように、レベルを落としていた。コーチはあえて、コマネチさんらに本番通りの演技をするよう指示した。審判やマスコミから注目された方が勝つチャンスは増える。そのもくろみは当たった。

 ▼駆け引きをコーチに任せておけたから、自分の競技に集中できた、というのだ(『コマネチ 若きアスリートへの手紙』)。アマチュアスポーツ界で、またもやコーチをめぐる騒動が勃発した。

 ▼日本体操協会は2週間前、リオデジャネイロ五輪代表の女子体操選手(18)に暴力を振るったとして、速見佑斗元コーチ(34)に対して、無期限登録抹消の処分を下した。ところが「被害者」である宮川紗江(さえ)選手が、処分が厳しすぎると、異議を申し立てた。

 ▼宮川選手は29日の会見で、むしろ協会の塚原千恵子・女子強化本部長(71)と夫の光男副会長(70)のパワーハラスメントを告発した。コマネチさんが得意としていた「ツカハラ跳び」の生みの親である光男副会長は、テレビの取材に「ウソが多い」と否定した。真相は藪(やぶ)の中である。

 ▼コマネチさんは、モントリオール五輪後はコーチから離れた。やがて独裁体制の故国から、命がけで脱出して米国亡命を果たす。波瀾(はらん)万丈の半生をつづった著書は、若い選手からの質問に答える体裁をとっている。コマネチさんなら、今の宮川選手にどんなアドバイスをするだろうか。

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