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【大阪特派員】幕府法から旧刑法へ 明治初期の裁判に世相を見る 山上直子

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 オウム真理教の一連の事件の刑事裁判記録が、永久保存されるという。プライバシー保護などの課題はあろうが、今後の再発防止や犯罪研究のために、柔軟に活用してほしい。

 というのも、時代は変わっても人はそう変わらないと思うからだ。裁判取材は苦手だが、明治150年を迎えた今夏、こんな裁判記録を読書として楽しんだ。

 20年ほど前、明治初期の大量の裁判記録が大阪地検の旧庁舎で見つかった。これだけまとまって残るのは大阪だけらしい。そこには、明治維新が成ったとはいえ、いまだ江戸時代の空気が色濃く残る中で生きる庶民の姿が、赤裸々に映し出されていた。

 「イカの甲で一朱銀を偽造」。ウソのような本当の話だが、ちゃんと裁判記録が残っている。明治3(1870)年のことだ。

 〈曾根崎新地(そねざきしんち)で小間物を商う金助(四五歳)は、かつて烏賊(いか)の甲を使って贋金を鋳造する方法を聞いたことがあった。近ごろ暮らしに困ったことから悪心がめばえ、これを試してみる気になった〉(『大阪「断刑録(だんけいろく)」-明治初年の罪と罰』牧英正・安竹貴彦著、阿吽(あうん)社)

 方法はこうだ。イカの甲2つの間に本物の銀貨を挟んで強く圧し、型を取る。スズと鉛を溶かした合金を型に流して鋳造した。恐る恐る使ってみるとばれない。味をしめてあちこちで使ったところ、露見して捕らえられ金助は牢死、相棒は「梟示(きょうじ)」(さらし首のこと)となった。

 「稚拙ですが、それらしいものは本当に造れるんですよ」と教えてくれたのは著者の安竹・大阪市立大教授(日本法制史)だ。恩師の牧・名誉教授のもと調査に当たったが「よく漏れた言葉は“アホやなあ”でした」と苦笑する。明治初頭約10年間の刑事裁判記録。実物は難解だが、平易な文章で読みやすく編集した。

 武士の世から一転、近代国家への道を歩み出した日本で、最も急がれたのが法整備だった。読むと、混乱する時代の変わり目でも公正な裁判をと奮闘する現場の苦労がうかがわれる。

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