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ニュース コラム

【産経抄】7月29日

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 明治時代の新聞では、奇談の類いもニュース価値があったらしい。同10年の記事が、夜空の話題を報じている。「このお星様を拝んでおきな。きツといいことがあるぜ。第一喧嘩(けんか)をしても人に負けるやうなことはないぜ、と空を眺めながらいふ」。

 ▼『明治東京逸聞史』(森銑三(せんぞう)著)から引いた。記事いわく、星は「西郷星」と呼ばれ、「討死(うちじに)なすツたから、その魂が天上へ昇つて、一ツのお星さまになったのよ」と巷説(こうせつ)を伝えている。掲載は9月21日、西南戦争で薩軍を率いた西郷隆盛が力尽きる3日前だった。

 ▼中天にともった赤い星は肉眼にも明るく、望遠鏡でのぞけば陸軍大将の軍服を着た西郷が見えたという。当時、地球に最接近した火星である。英語名の「マーズ」は、ローマ神話の軍神・マールスに由来する。「西郷星」の命名は偶然だとしても、気が利いている。

 ▼拝むほどの英雄もいない現代は、どんな願い事をしたものか。この夏も火星が明るい。今回の最接近は31日で、同じ方角には木星と土星もある。3つの惑星が並ぶのは約100年ぶりといい、8月上旬には金星も加わる。幸運にあずかれそうな夜空の贈り物である。

 ▼戦乱や災害の絶えない地上から、天体の希有(けう)な巡り合わせを眺める度に、眼福よりも大きく温かな宝を手にした心持ちになる。「きツといいことがあるぜ」という、罪のない言葉を信じてみるのも悪くはない。根拠はないものの、「お星様を拝んでおきな」だろう。

 ▼先日のニュースによれば、火星の南極を覆う氷床の下には幅約20キロの湖があるという。赤い岩石が覆う「乾いた星」ではないらしい。湖でのどを潤す新たな生命の姿、あるいは星になった西郷の軍服姿。夜空を見上げつつ、まぶたに描くのもいい。

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