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【正論】歴史と文学に憧れの人はいるか 大阪大学名誉教授・猪木武徳

猪木武徳・大阪大学名誉教授
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 ある国民が、自国が生み出したいかなる人物を理想的な人間像と考えるのかを問うことは、もはや時代遅れなのだろうか。国民にとって理想や憧れの人間像を語ることは時代錯誤だとの誹(そし)りも理解できなくもない。「グローバル人材」という奇妙な言葉が行政の文書に登場するようになると、国が理想的な人間像を国民に押し付けるのに違和感を覚えるのは当然であろう。

 しかし憧れる人物を自国の歴史や文学の中に見いだせないということは、国民としての自尊の精神の喪失につながりかねない。

 ≪遠藤を驚かせたフランス人

 1950年、作家の遠藤周作は27歳で文学研究のため、戦後の復興さなかのフランス・リヨンの大学に留学した。その遠藤が同じ大学で教授資格試験の準備をしている同年輩の若者と交わした会話を友人がメモしたもの(『フランスの大学生』所収)を読んで、理想の人間像について改めて考えさせられた。その会話のごく一部を抜き書きすると以下のようになる。

 遠藤がフランス人の友人に「枕頭(ちんとう)の書」は何かと尋ねると、彼はカントの『実践理性批判』だと答える。哲学的によくわからないが、自分たちフランスの若い世代は、(第二次大戦で)現実の大きな力の前に無力感、宿命感を味わわされた。自分たちの良心の声は結局、無効なのだという悲しみを味わった。そんなとき、カントの、よし無償であり、報われることがなくとも、良心の必然命令に従わねばならぬという声は、自分に何か勇気と慰めをあたえてくれるという。

 さらに遠藤が「古典では何が好きか」と尋ねると、その友人は、ギリシャ悲劇、ソフォクレスは何度も読み返している。17世紀の古典文学も、と答える。

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