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【正論】生物兵器研究を禁止する倫理を 東京大学客員教授・米本昌平

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 ≪製造競争が本格化した冷戦時代

 第二次世界大戦中、日本は生物兵器を重視し、731部隊が人体実験を行っただけでなく、中国などは中国大陸でこれを使用した、と主張している。戦後、日本を占領した米国はその結果を継承したが、内容が裁判で明らかになるのを嫌い、関係者を訴追しなかった。米国は、43年からメリーランド州のデトリック陸軍基地で生物兵器研究を開始し、冷戦時代に研究を本格化させた。

 だが60年代末になると、米ソ両陣営の核配備は飽和状態に近くなり、その結果、米ソ・デタントへと移行した。そんな中、ニクソン大統領は69年11月に、攻撃用の生物兵器の研究停止を一方的に宣言した。これが起点となって国連軍縮委員会で条約交渉が始まり、72年に条約が成立したのである。

 米国は条約の趣旨にそって、兵器として保有していた炭疽(たんそ)菌・ブルセラ菌・ボツリヌス毒などをすべて廃棄し、生物兵器研究施設を感染症医学研究所に改組した。当時は、生物兵器の殺傷能力を大きく見積もる、例えば世界保健機関(WHO)報告が作成される一方で、米政府内では、旧日本軍のデータや自身の研究から、生物兵器の実戦効果を疑問視する意見が出ていたらしい。ニクソン大統領は後者の見解をとり、平和攻勢で主導権を握ろうとしたのであろう。

 ただし、冷戦時代のソ連は、国際合意は敵を欺く道具と考えていた節がある。92年に至ってエリツィン大統領は、旧ソ連は条約の成立後、逆に生物兵器研究を大規模化していたことを明らかにし、これらはすべて解体したと述べた。

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