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【オリンピズム】嘉納治五郎と幻の東京大会(16)戦争に翻弄された選手たち

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 12年ぶりに復活した五輪に、日本とドイツの選手団は招待されていない。国際オリンピック委員会(IOC)は日本とドイツの参加に最後まで頭を悩ませたというが、開催国の意向が流れを決めた。理由は、両国のスポーツ統括団体が戦争でなくなったこととも。しかし、すでに日本体育協会は復活していた。嘉納治五郎が心血を注いだ五輪、その復活の大会に参加できなかったことは関係者にとって忸怩(じくじ)たる思いだったろう。しかし、ここで黙っていなかったのが戦前「水泳ニッポン」を築いた日本水泳連盟だった。

 ロンドン大会の日程に合わせて日本選手権を開催したのだ。大会プログラムには日本水連会長、田畑政治の「ロンドン大会に挑む」思いがつづられている。

 「もし諸君の記録がロンドン大会の記録を上回るのであるならば……ワールド・チャンピオンはオリンピック優勝者にあらずして日本選手権の優勝者である」

 8月6日、1500メートル自由形決勝。神宮プールは1万7千人もの観客で膨れあがった。予想通り、古橋広之進が橋爪四郎との一騎打ちを制し、世界記録を20秒以上も短縮する18分37秒0という驚異的な記録で優勝する。橋爪も0秒8差で続いた。ロンドン大会優勝のジェームズ・マクレーン(米国)の19分18秒5を上回る圧勝だった。古橋は2日後の400メートル自由形でも世界記録を樹立。翌年、日本水連は国際競技連盟への復帰を果たした。後に64年東京大会にも深く関わる田畑の狙いはこのあたりにあったのだろう。

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