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【正論】「議論の本位」定め大事を論ぜよ 拓殖大学学事顧問・渡辺利夫

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 しかし、使節団の派遣はある種の「政治的ギャンブル」であった。使節団の出航は明治4年11月、同年7月に断行された廃藩置県により幕藩体制というアンシャンレジームが廃絶され、家禄と地位を失った旧武士は各地で新政府に反抗の刃を研いでいた。この時期、旧武士の新政府に対する憤懣(ふんまん)は一触即発の域に達していた。実際、使節団の帰国後、不平士族により、明治7年には佐賀の乱、明治9年には神風連の乱、秋月の乱、明治10年には西南戦争が勃発している。いずれも廃藩置県が誘った既得権益者層による不満の暴発であった。

 改めて、なぜ新政府はこのように大きなリスクを賭してなお使節団を派遣したのか。維新が成ったとはいえ、新政府には国づくりの方法論がない。文明国に抗するには、文明化に邁進(まいしん)し自ら文明国とならねばならないが、そもそも文明国とはいかなる存在か、文明国の文明国たる所以(ゆえん)を指導者自身が「体得」するより他に手段はなかったのであろう。

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