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【産経抄】5月30日

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 昨日訃報が届いた作家の津本陽さんには、13年間のサラリーマン経験がある。戦後まもなくの食料増産が急務の時代とあって、勤めていた肥料メーカーの業績はよかった。給料日本一とも報じられた。

 ▼仕事もできた津本さんだが、上司や部下との人間関係に疲れ、むなしさばかりが募るようになった。34歳で退職して、故郷の和歌山市で不動産業を始めた。学生時代から文学書を乱読してきたとはいえ、同人誌に参加して小説修業を始めたのは、それからである。

 ▼戦争中、作業していた工場が空襲を受け、おびただしい死体を目の当たりにした。戦後は江戸時代から続く旧家の当主として、没落を見届けなければならなかった。心の中からあふれ出る悲しみを、原稿用紙にぶつける日々が続いた。昭和53年に49歳で直木賞を受賞した『深重(じんじゅう)の海』は、紀州・太地(たいじ)の海を舞台に勇猛な捕鯨漁民を描いた作品である。津本さんにとって、私小説ではない、初めてのフィクションの長編でもあった。

 ▼以来、織田信長を主人公としてミリオンセラーとなった歴史小説『下天(げてん)は夢か』をはじめ、伝記や社会派小説まで、幅広いジャンルの作品を量産してきた。剣豪小説ブームを巻き起こした功績もある。剣道三段、抜刀術五段の腕前で、迫力のある殺陣の描写はお手の物だった。テレビや雑誌のグラビア取材では、巻藁(まきわら)や豚の胴体を真剣で一刀両断する技を披露したものだ。

 ▼最近書店の棚には、定年後の生き方のコツを説いた本が目立つ。もっとも、津本さんが72歳のときに刊行した自伝のタイトルは、『人生に定年なし』である。

 ▼看板に偽りはなかった。4月初旬に体調を崩して入院するまで、89歳の津本さんの執筆意欲は、まったく衰えていなかった。

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