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【産経抄】5月15日

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 予備校受験のために上京した浪人生の孝史は、宿泊中のホテルで火事に遭う。謎めいた男に助けられ、気がついたら、雪が降り積もる昭和11(1936)年の東京にいた。

 ▼陸軍の青年将校らが起こした二・二六事件によって、戒厳令が敷かれている。叛乱(はんらん)軍鎮圧のために戒厳司令部が九段軍人会館に置かれた、とラジオが伝えていた。孝史には聞き覚えがあった。「九段会館のことだろうか。去年、従姉妹(いとこ)が結婚式を挙げた場所じゃないか」。

 ▼宮部みゆきさんの歴史SFミステリ『蒲生邸事件』が刊行されたのは、平成8年である。東京都千代田区にある九段会館は戦後、日本遺族会によって、ホテルや結婚式場が運営されていた。ところが15年後に起きた東日本大震災によってホールの天井が崩落、死傷者が出て閉館を余儀なくされる。それが、17階建てのビルに建て替えられるという。

 ▼昭和9年に「軍人会館」として開業した九段会館は、洋風建築の上に和風の屋根を架した「帝冠(ていかん)様式」の建物として知られる。二・二六事件の翌年には、清朝最後の皇帝の弟、溥傑(ふけつ)と侯爵令嬢の嵯峨浩(さが・ひろ)との結婚式が行われた。

 ▼景観や採算性などさまざまな議論の結果、城郭風の外観や玄関ホールなど一部の保存が決まった。といっても、昭和史を象徴する歴史的建造物が失われる事実には、変わりがない。

 ▼二・二六事件に関わった歩兵第3連隊の駐屯地だった場所に現在建っているのは、国立新美術館である。旧兵舎の建物は、一部が切り取られて保存されている。ただ「あまりに無残な残され方から、『カットケーキビル』などと揶揄(やゆ)する人」もいるそうだ(『大軍都・東京を歩く』黒田涼著)。無残な残され方をする、九段会館は見たくない。

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