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【オリンピズム】嘉納治五郎と幻の東京大会(6)成長を実感できたパリ大会

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 「自分も他者も、自国も他国も」「共に栄える」という理念の「自他共栄」を説いた嘉納はこのころ、こうしたスポーツを通した国際理解の可能性について言及している。

 「国際オリムピック会議に出席して見ても、行く度毎に唱へられて居るのは、これは各国の青年がここに来ては国の区別はない。お互に手を握って融和し、国際の協調を助ける手段としなければならぬといふやうなことを諸国の国際委員が唱へておったことを記憶して居る。これを見ても、そこに競技運動の価値が認められる」

 パリ大会後には、日本と国際オリンピック委員会(IOC)との絆がより強固にもなった。21年に大日本体協第2代会長に就いた岸清一がIOC委員にも就任。嘉納がクーベルタンに書簡を送って依頼してのことだった。東大の学生時代にボート部で活躍した岸は後に、嘉納とともに40年大会の東京招致に尽力するが、志半ばで病に倒れる。日本スポーツの草創期に力を尽くした岸の名は「岸記念体育会館」としていまも残っている。=敬称略(監修 真田久筑波大教授 構成 金子昌世)

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