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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(17)京城はなぜ100万都市に 「泥濘」から発展した日本人街

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 韓国の首都ソウルは人口約1千万人、政治・経済の中心、文化・情報の先端。今やアジアのみならず世界の主要都市のひとつだ。この街は、14世紀末以来、李朝の都(漢城)として500年。日本統治時代(1910~45年)は「京城(けいじょう)」と呼ばれ、近代的な都市として発展し、人口(京城府)は終戦前ですでに100万人を超えていた。

 京城帝国大教授として、約15年間暮らした哲学者の安倍能成(よししげ)(1883~1966年、後に旧制一高校長、文相、学習院院長)は、この美しくもきらびやかな都を描いたエッセーをたくさん残している。

 「京城とアテーネ」(昭和3年)には、こうあった。《初めて京城に来た時(とき)私はすぐに何処(どこ)やら希臘(ギリシャ)のアテーネに似て居(い)るな、と思った…(朝鮮)神宮の前から漢江を見おろした景色は、私には、アクロポリスの上から(略)海を望んだ記憶を呼び起こす…》

 安倍が京城に赴任したのは日韓併合から15年以上が過ぎた大正15(1926)年のことだ。もしも、安倍が「前近代的」な因習や伝統を城壁の中に、そのまま閉じ込めたような李朝末期や大韓帝国時代のこの街に来ていたら、果たしてどう感じただろうか?

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