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【iRONNA発】追悼 西部邁氏 許せなかった「大衆社会の病理」 舛添要一氏

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 駒場時代には、政治学と経済学という専門の違いはあっても、西部氏とよく昼食時などに議論を戦わせたものである。特に話題にしたのが、スペインの哲学者、オルテガ・イ・ガセットの『大衆の反逆』で、2人で大衆がいかに信用ならないかを確認し合ったものだ。西部氏はその考えを後に評論集『大衆への反逆』にまとめ、保守主義者として注目を集めた。

 そもそも私が助教授に就いた当時、日本人の集団主義、画一主義、権威主義に辟易(へきえき)としていた。こうした中で、駒場キャンパスは東大の中でも自由な雰囲気があり、優秀すぎたり、個性が強かったりして、本郷キャンパスから放逐された者が集まる「梁山泊(りょうざんぱく)」のようだった。

 この中で、社会科学者の私たちが、社会学や経済学、政治学、社会思想史、国際関係論などと分化した学問を再統合すべく、「相関社会学科」というプラットホームを立ち上げた。そのときの中心が駒場騒動で辞任した西部氏らだったが、守旧派からの猛攻撃にさらされたことは言うまでもない。

 特に西部氏は、ケインズなどの伝統的経済学と政治思想史との連結を図り、新たな分野を切り開こうとしていた。しかし、いつの間にか頑迷固陋(ころう)な教授たちが力を増していたため、私たちは東大を去ったのだ。

 舌鋒鋭く論破

 西部氏はその後、論壇や討論番組『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)などで、保守主義者としての考え方を遠慮なく披瀝(ひれき)していった。舌鋒(ぜっぽう)鋭く相手を論破するが、語り言葉は長く、冗長となることもあった。

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