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ニュース コラム

【iRONNA発】追悼 西部邁氏 許せなかった「大衆社会の病理」 舛添要一氏

奈良「正論」懇話会で講演をする西部邁氏=平成22年3月29日、奈良市(前川純一郎撮影)
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 今年1月、評論家の西部邁氏が自殺した。自殺をめぐり私淑の2人が幇助(ほうじょ)容疑で逮捕される事態となったが、保守論客の重鎮として日本の論壇に影響を与えた功績は大きい。西部氏が遺(のこ)した「哲学」とはいかなるものだったのか。(iRONNA)

 昭和62~平成元年に東大で起きた教官採用人事をめぐる「東大駒場騒動」で、西部氏と村上泰亮教授、公文俊平教授、それに助教授だった私の4人が辞表を出して大学を去った。

 騒動の発端は、新進気鋭の文化人類学者で東京外国語大助手だった中沢新一氏を、駒場キャンパスにある教養学部助教授に採用しようとしたことだが、推薦したのが西部氏だった。ところが、反対する「守旧派」は正当な手続きさえ踏みにじり、この提案は葬り去られてしまった。

 このとき、西部氏が辞表を出した最大の理由は、この人事を進めた村上教授らに多大な迷惑をかけたというものだった。つまり、他人に迷惑をかけるのを人一倍嫌っていただけに、自殺幇助容疑で逮捕された2人に迷惑をかけることはためらったはずだ。

 守旧派の猛攻撃

 西部氏は「60年安保」当時、全日本学生自治会総連合(全学連)中央執行委員として指導的役割を果たしたが、その後転向し、保守の思想へかじを切る。そのとき、西部氏に浴びせかけられた冷ややかな大衆の目が、彼の大衆への懐疑を生んだものと思われる。

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