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【オリンピズム】嘉納治五郎と幻の東京大会(2) 体育奨励、語学力…IOC委員に

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【オリンピズム】
嘉納治五郎と幻の東京大会(2) 体育奨励、語学力…IOC委員に

 五輪への参加を決意した嘉納は、精力的に動く。まずは国民体育の普及と五輪への日本代表選手派遣の2つを目指して11年7月、大日本体育協会を創設し、会長に就任。続いて選手の予選会を実施する。同年11月18、19日のことだった。東京・羽田運動場で行われた予選会には91人の選手が参加した。

 注目のマラソン(25マイル=約40キロ)には、19人が参加して2日目の午後0時30分にスタート。「日本体育協会 日本オリンピック委員会100年史」によると、トラックを3周後に競技場をあとにし、東神奈川を目指して東海道をひた走る。役員と万一の場合に備えた医師を乗せた自動車1台、自転車4台がそのあとに続いた。降りしきる雨に寒気も加わって完走者は6人という過酷なレースになったが、気象条件とは逆に好タイムに沸く。優勝した東京高師の金栗四三のタイムは2時間32分45秒で、3位までが世界記録という快挙だった。

 予選、決勝を行った短距離では100メートル、400メートル、800メートルを東大の三島弥彦が制し、金栗とともにこの2人を翌12年ストックホルム五輪に派遣することが決まる。団長はもちろん、嘉納だった。これが初めての日本選手団の五輪参戦となる。=敬称略(監修 真田久筑波大教授 構成 金子昌世)

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