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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(13)歌には「抗日」も「親日」もない  「鳳仙花」歌う加藤登紀子

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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(13)歌には「抗日」も「親日」もない  「鳳仙花」歌う加藤登紀子

洪蘭坡夫人と=1990年、韓国・ソウル(加藤事務所提供) 洪蘭坡夫人と=1990年、韓国・ソウル(加藤事務所提供)

 韓国での複雑な評価

 洪蘭坡夫人に会ったのはコンサートの直前。夫人は高齢なので、本番のコンサート会場には行けないという。ならば「直接聴いてほしい」と、加藤はソウル市内のレストランで夫人と向き合い、韓国記者からレッスンを受けた韓国語で『鳳仙花』を歌い始めた。

 じっと聴いていた夫人の目から涙がこぼれ、2人は、しっかりと抱き合った。そのとき、夫人の胸の中に去来したのは、韓国における洪蘭坡への相反する評価ではなかったか。

 洪蘭坡が、朝鮮を代表する音楽家の一人であったのは間違いない。『鳳仙花』や、韓国では誰もが知っている童謡『故郷の春』は日本のカラオケにも入っているくらい有名だ。

 一方で戦前・戦中、朝鮮独立運動に関わった後、日本の官憲に捕まって転向し、軍歌などをつくって「日帝」に協力したとされ“親日派”のレッテルを貼られてしまう。2000年代に韓国で発刊された「親日人名事典」にはその“悪行”がスペースを割いて書いてある。数年前には彼の名前を冠した音楽賞受賞者がそれらを理由に辞退したことでも話題になった。

 加藤はこう思う。「歌い手や音楽家には国籍も立場もあるけど、歌は自由に国境を越えてゆくんですよ。誰がどう感じ、どう受け止めようと自由でなければいけない。私の歌も人種も思想もジャンルも関係なく、誰にでも届く歌でありたいと思う。歌い手とか国とかの思惑を越えて歌は、人々のものなんです」

 『鳳仙花』が“抗日歌”として人々を支えたにもかかわらず、洪蘭坡へ親日派批判があったことにも驚かされた。「洪蘭坡は『抗日の歌』を意図してつくったわけじゃない。『鳳仙花』は心に響く美しい歌。歌い継がれているのは歌自体の力なのですよ」

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