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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(12)文武両道の京城師範 日朝ラガーで達成した3連覇

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 だが、京城師範3連覇の後、あまりの強さにクレームがついたらしい。『京城師範学校史・大愛至醇(たいあいしじゅん)』に当時の教員がエピソードを書き残している。《年齢制限の問題が起こってきた…それは明らかに当時6年制(演習科を含む、他の旧制中学などは5年制)の京師があっという間に3連覇を成し遂げたことに対する羨望、嫉視、不満が重なったものと思われます》

 朝鮮で盛んだった学生スポーツはラグビーだけではない。野球も大正年間に夏の甲子園の朝鮮地区予選が始まり、京城中▽平壌中(後に一中)▽仁川商▽龍山中▽徽文高等普通などのチームが甲子園の土を踏んでいる。これら学校スポーツの興隆をはかったのが、日本人教師たちであり、キリスト教系学校の欧米人宣教師らであった。平昌五輪で韓国勢が大活躍したスケートも、日本統治時代の学校で奨励されたスポーツだったのである。

 好ライバル京中VS龍中

 日本統治時代の京城(現・韓国ソウル)は、多くの中・高等教育機関を擁する屈指の文教都市だった。

 大陸(満州・朝鮮)唯一の帝国大学にして総合大学の京城帝大。それに次ぐ、旧制専門学校として、官・公立では京城医学▽同法学▽同工業(旧高等工業)▽同経済(同高等商業)▽同鉱山などが、私立では普成▽延禧▽セブランス連合医科▽梨花女子などがあり、これらの多くは戦後、韓国の大学となった。

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